愛していた

『彼女はとても綺麗だった。優しく、寛容で素敵な人だった。』
その次を促すように、花達は揺れる。
『最初はただ見つめるだけだった。それだけで充分だった。でも、それだけじゃあ、耐えられなくなった。自分のものにしたいと思った。それが間違いだった』
脳裏に、彼女の姿が浮かび上がる。
『彼女は、こんな俺を愛してくれた。ずっと一緒にいたいと言ってくれた。それなのに、俺は…』
『自分の平穏のために、彼女を人ならざるものにした。俺は今でも忘れられない。最後の彼女の表情を。』
あの時、彼女は確かに笑っていた。でも目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
あの涙が彼女の気持ちを全て代弁していた。

花は揺れる。花は全てを聞き終えても、何も言わない。どんなに彼女を思い出しても、花は何も言ってはくれない。
彼女は、もう、俺に怒りをぶつけることも、優しく笑いかけてくれることも無い。
そう分かっていたはずなのに、胸の中が空虚な想いでいっぱいになる。
『ごめん、アネモネ。君を選べなかった。自分の出世と見栄のせいで君を、選べなかった。君が侍女だろうがどうでもよかったのに。君といれればそれで良かったのに。俺は本当に君を愛していたんだ。』
花は揺れる。
もう二度と、返事が帰ってくることは無い。

『……またくるよ』
花にキスを落として、俺はその場を後にした。


その他

花  アネモネ
花言葉 「儚い恋」「恋の苦しみ」

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