違和感と探求心

違和感を抱く。

例えば小学校の廊下はまっすぐなはずなのに、どうして床と壁の境界線は遠くになるにつれて斜めなんだろうと思っていた。

毎日会う友達の家の時計が周っていて私が知らない現実が繰り広げられている事が理解できなかった。

でも解らない事を分かったように生きていくのは得意だった。その副作用として、違和感を抱くことに慣れてしまっていて自分が苦しんでいる事にさえ気付かなかった。

違和感を探求心へ。違和感を抱くなら自分がシックリくる他の事を探す原動力にすれば良いと思った。

首を斜めに傾けて眉間に皺を寄せて違和感を抱いているより、口角を上げて目尻に皺を作って首を縦に何度も振るくらい納得いく物に触れていたいと思った。

っていう至極どーでもいい話。

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