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祖父と山と写真

こんにちは。

本日は祖父の思い出を山と写真に絡めて書いてみようかと思います。

私の祖父は山形に住んでいました。実家から片道ざっと6時間。年に一度会いに行ける程度の距離です。祖父は私が高校生の時に既に他界していますので、私が祖父に会ったのは数える位しかありません。

昔ながらの無口な祖父。当時幼かった私は何を質問したら良いのか分からず、あまり祖父の事は知りませんでした。父も祖父が経験した事をそこまで詳しくは知らない様です。(父親と息子の関係って不思議だ。)祖父は若い頃、戦争を経験しています。無事帰国してからの結婚と言うこともあり、母方の祖父よりは高齢でした。

そんな祖父は写真が好きな様でした。山形へ帰ると、十機程のカメラが丁寧にキャビネットに飾られていたのをうっすらと覚えています。

戦後の一時期記者をしていたらしく、色々写真を撮っていました。私はそんな祖父の風景写真が好きでした。祖父は趣味までとはいかないまでも蔵王のお釜や高山植物、紅葉などの撮影をする為、山に出掛けていた様です。もっと見せて貰えば良かったと少々後悔も残ります。

中学生の頃だったか…祖父に初めてわがままをお願いしました。蔵王なのか鳥海山なのかはたまた月山なのか…山頂の五色沼。そしてそこに鶴の形をした綺麗な雪渓の写真を見て「欲しい」と言いました。

快く写真を譲ってくれ、現在でも実家に飾ってあります。写真というものに感動したはじめての瞬間でした。

登山に目覚めて早三年、今なら祖父にどこの山の写真なのかどういう植物なのか話が聴けたのに、と思います。

ただ独り山に登り、静かに写真を撮る祖父の姿が容易に想像できます。祖父がどういう事を考えていたのかは分からないけれど。

祖父が他界した折、二機カメラを譲って貰いました。フィルムカメラですから、維持さえすれば一生物です。でも実際は恐れ多くて、十数年以上撮影した事はおろか、押入れから出した事すらありませんでした。ようやく年齢的にカメラを手にして用途を満たせるようになった気がします。

さてこれからフィルムカメラの勉強をしよう。祖父がのぞいたファインダーからまた違う世界を撮影しよう。この、カメラを残していこう。

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祖父へ思いを馳せて。

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