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おまじない 4

とかしぎくんは休み時間となるといつも教室の後ろで友達と戯れている。尻を思いっきり蹴ったり、肩を殴ったりと男の子の我慢強さを比べる遊びをしていた。とかしぎくんの拳は我慢の証なのか、煙草を押し付けてついた跡が無数にあった。虐待かもしれないと思ったが、とかしぎくんはそれを笑って否定した。
「あほか、これは友情の証やで。こんぐらい我慢せんと男って認めることはできんのや」
可愛い女の子たちが惚れるようにその話を聞いていた。
とかしぎくんには誰もが従った。容姿も淡麗で整っているため、男の子は憧れの的であったのかもしれない。頭の悪さも遠回しにかっこいいと勘違いをさも正解のように見せる威圧感があった。とかしぎくんは馬鹿ではなくて、力がある頭の回転が早い男の子だった。
戯れているとかしぎくんたちを呆然と眺めていたたくまくんがいた。少し嘲笑ったような表情を浮かべて、自分の手の中にある小説を読み直した。たくまくんは絶対にその輪の中に入らない。時折とかしぎくんたちが色んな人を交えて遊ぶことがあるが、たくまくんはそうなるとこぞって輪の中に入ろうとしなかった。入ろうとしない代わりに外で、小鳥が戯れている光景を眺めていた。自分は決してなぞらえた優越感に浸ろうとしない。その輪に入ることで自分の地位が上がるわけでもなくて、むしろ世間的に下がるのではないかと考えたのかもしれない。羨ましいが勝たないように必死に自分の心に嘘をついているようにも見えた。それが表情に滲んで嘲笑ってる顔になったのではないかと私は思ったのだ。


給食が終わり、午後の授業が始まった。とかしぎくんは大胆に寝ていた。まるで先生が黒板を叩くようにチョークで書く音や少数の話し声を子守唄のように優しい寝顔をしていた。周りを見ると大方が机に突っ伏して寝ている。体育をして給食を食べたあとだ。私も午後は眠たくなる時がある。特に皆がこうして顔を上げていない時はさらにだ。そして私は気をつけていることがある。それは突っ伏して寝る時は決して鼻を潰さないようにすることだ。おでこに両腕をつけて、鼻に当たらないように気をつける。もうこれ以上潰れないように、皆に笑われることを極限まで減らせるように細心のの注意を払う。私は笑われてもいい。笑われてもいいけど、そこには僅かばかりの愛情を求めてしまう。それがわがままであっても、私は逃れられない性格にせめてもの虚勢をはる。
自分で自分の欠点を認めることが、こんなにも悔しいことなのかと唇を噛みしめながら。
おでこをずらして隣を見るとたくまくんが見える。黒板か先生を見つめているのだろう。その目は真っ直ぐで、たとえ誰かに笑われても構わないような平然とした態度だった。相変わらず綺麗だった。背中を椅子につけない、ピンとした姿勢や首だけ動かしてノートを取る仕草はこの学校では、たくまくんぐらいしかいないと思う。何か隠している。人は完璧にできていないってどこかで聞いたことがある。だからたくまくんも弱い部分を隠してると思う。そんなこと誰にもわかるはずがないのに。


放課後にちーちゃんとばったり会って一緒に帰った。いつもは一人で帰るんだけど、ちーちゃんは皆と別れて私の方に近寄ってきた。
「ありちゃん、一緒に帰ろう」
他の皆を差し置いて私に微笑む、ちーちゃんに優越感を感じたのは確かだった。
「これ見て。二等辺三角形」
ちーちゃんは指で三角形を作って遊んでは、それをあらゆる所にはめていた。
「あれは正三角形だね、ありちゃん」
そう言って遠くに凛々しく立っている大きな木を指の中にはめて見せた。私には何の木なのか分からなかったが、夏は蝉の家になる木ということは分かっていた。ちーちゃんは三角形に飽きて四角に変えてみたり、台形にしてみたり最後は丸の形でとどまった。車も通らない細い道で石壁に埋め込まれた排水用パイプを見たちーちゃんが
「あ、まるはっけーん!」
パイプからは苔が泥のように垂れているだけだった。
「ありちゃん見て!まん丸だよ」
そう言いながら指で丸を覗いていた目で私に振り向いた。
「あ、ありちゃんのお鼻もまん丸だね。まるはっけーん」
「あー、ちょっとやめてよ」
私はそう言いながらも笑っていた。ちーちゃんが笑っているから、笑ってくれるなら、それは大した傷にはならなかった。石壁に隠れるように一人の少年が地面に木の棒で道を作っていた。ランドセルを背負っていないので、まだ小学生にはなっていないのだろう。その道に従うように小さな蟻が通っていた。私たちの足音や声に反応を示さず、ずっと下を向いていた。
「ありちゃんって、やっぱり面白いよね」
「えー、そう?」
「そうだよ、あんまりいないもん。そんなひと」
先を歩いて丸を探すちーちゃんは、私の様子など皆目で綺麗な黒髪を揺らしながら、歩いていた。ちーちゃんの残り香がいつもより濃く鼻の奥に残った。それは私の鼻が大きくて丸いことを意識したのか分からないが、結局晩ご飯の匂いが訪れるまで残っていた。

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