見出し画像

【序文公開】トツカ・スペクタクル

作者・岡本が幼少期を過ごした横浜市戸塚区を題材に、退屈なはずの郊外に潜む「野生」を捉える写真集『トツカ・スペクタクル』(企画・文章:神谷彬大、撮影・文章・デザイン:岡本章大)。
2024年4月の発売を記念し、共作者・神谷のnoteにて序文(神谷執筆)を公開します。

 大学に入るまで、「戸塚」という地名を知らなかった。

 初めて知ったのは大学1年のとき。バンドサークルのとてもかわいい女の子が、どこに住んでいるか尋ねられて「横浜。っていうか戸塚」と答えた会話が聞こえ、どうやら横浜エリアに戸塚という地があるらしいと、強くインプットされたのだった。

 聖地・戸塚――素朴でいて都会的な彼女の住む街は、いったいどんなところなのだろう。
 そういえば、「戸塚ヨットスクール」の事件は聞いたことがある(※)。つまりヨコハマ近くのハーバーで、ヨットの練習ができるのだろう。そんな海風薫る、みなとみらいのような「戸塚」のイメージが私の中にできあがっていた。

※愛知県にあるヨットスクールで、戸塚宏氏が設立した(戸塚区とは何の関係もない)。体罰・暴行による訓練生の死亡事件などが発生し、1980年代を中心に社会問題化した。

  それから15年。初めて戸塚の地を訪れた。戸塚は、山だった。

 ――私が生まれ育った群馬県南部の小さな町は、見渡す限りの田んぼが広がる真っ平らな土地だから、こんな山がちな場所での生活は想像できない。

 私の地元で唯一の地形は、「サン・テン・サン」だった。
 「注意! 桁下3・3m」と大きく書かれたゲートがある高架下道路、通称「3・3(サン・テン・サン)」。子供だと自転車で登りきれないほどの急勾配で、登りきれれば一人前。幼稚園のバスでそこを通るとき、引率の先生が「みなさーん、ジェットコースターですよー」とアナウンスしていたのを思い出す。
 そんな小さな記憶を覚えているのも、3・3を除いて、視点が急に変化するようなスペクタクルを感じる場所は町のどこにもなかったからなのだろう。

  翻って、ここは横浜市戸塚区。この郊外住宅地には、スペクタクルしかない。

 階段と坂道ばかりで構成された世界。遠くには段々に重なる色とりどりの家々が見え、眼下には屋根が並び、振り返れば巨大な擁壁がそびえる。どこを見てもスケール感、シークエンス、意外性を感じることができる。
 この地域で育った子供の空間体験は、よくイメージされる「つまらない郊外」ではなく、むしろ山間部の集落での空間体験に近いのではないだろうか。

  なのに、ここに住まう人たちは、平然と、あたかも何もない土地に住んでいますよとでも言うように、定型化された戸建て住宅に住み、現代的な都市住民であるという顔をしているように見える。

 消費社会のスペクタクルに目を奪われ続けてきた郊外の人々が、ダンジョンのような「遊び」に満ちた、足元のスペクタクルに目を向ける。それは自らの平坦な表情の内側に隠された、野生的でいびつな凹凸に向き合うことでもある。

 戸塚ガールのロックなベースが聞こえてくるとき、飽きのこないRPGが幕を開ける。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これが噂の「サン・テン・サン」だ
(※書籍には掲載されていません)©Google

<目次>
- 序(神谷彬大)
第1面 ダンジョンへ
第2面 サバービア遺跡
第3面 取り繕われた世界の隙間
- 郊外育ちの乾いた目線(岡本章大)
- 補遺 『スペクタクルの社会』と『野生の思考』(神谷彬大)

企画・文章:神谷彬大 / 撮影・文章・デザイン:岡本章大 /A4変形判 / 78P

横浜市戸塚区──この郊外住宅地には、スペクタクルしかない。
地形との格闘、そして山間部と遜色ないほどの豊かすぎる空間体験。
しかし人々は、あたかも均質空間でスノッブな都市生活が営まれているかのように土地を平す。
取り繕われた世界の中にも、「野生」は否応なく表出する。そこに目を向けたとき、飽きのこないRPGが幕を開けるのだ。

STORES、および一部書店様で発売中!詳細は下記よりご覧ください。
トツカ・スペクタクル | カミヤオカモト (stores.jp)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?