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手話通訳付き対面発表覚え書き

学会会場の設備の問題が今回はなかったけど、久々の対面会場発表だったので、手話通訳も入るときの流れで自分が気をつけていることを書いておく

  1. 待ち合わせ場所と打ち合わせ場所

  2. 接続確認

  3. 照明調整

  4. ろう者の座る位置と手話通訳の立ち位置

  5. 音響調整

  6. 通訳打ち合わせ

1.待ち合わせ場所・打ち合わせ場所

行ったことのない会場だと、どこで待ち合わせにするのか、打ち合わせはどこにするのか、で結構迷う。特に季節が暑いとか寒いとかの苛烈な時期だと、外で待ち合わせにしてしまうと、仕事前に通訳者の体力を奪ってしまうことにもなりかねない。気持ちよく仕事をしてもらうために、空調が効いていて、座ったりできるスペースで待ち合わせをするのがよい。だいたい手話通訳者は、直前に他の仕事が無い限り、時間に余裕を持ってきて下さることが多い(そのように教えられているから)ので、ギリギリにしか迎えに行けないのに、門の前とか、わかりやすいけど炎天下や土砂降りのなか外に立ってなきゃいけなそうな場所を指定するのはちょっと気の毒である。

通訳は体力勝負の仕事なので、体力のある方は多いが、これから体力勝負の仕事をしてもらうということを忘れずに。

打ち合わせ場所は、実際の会場がベスト。立ち位置なども決めやすい。でも今回のように単発の1本の口頭発表のみだと、当然直前まで会場は使われているので、別の場所になる。今回は休憩室に打ち合わせにぴったりなスペースがあったのでそこでさせてもらった。資料を見せながらなので、座れる場所、机がある場所がのぞましい。他の人がたくさん居てガヤガヤしている場所だと、直前に聞き取るだけで疲れてしまうので、できるだけうるさくない場所がいい。最低限といえば、座れて資料が見られればなんとかなる。

2.接続確認

接続確認は、会場に早めに行ってやることが必要だ。通訳なしの時と同じように、直前に到着してドングルがうまく刺さらないとかやってると、通訳打ち合わせどころじゃなくなる。手話通訳を迎える前にそれ以外の準備はしておかなければならない。音を出すならそれも出してみて音量まで調整しておくこと。

3. 照明調整

手話通訳者がいるときは、部屋の明るさを落とせない。通訳者のいる場所だけスポットライトがあるというスペシャルな会場でない限り、スライドは割とはっきり見えるように作った方がいい。小さい文字を読まないといけない前提のプレゼンにすると大変だ。プロジェクターの明るさが十分でないと、コントラストが甘いところは見えない状態でやらざるを得ないぞと覚悟して準備しておく必要がある。壇上の明るさを保たないと、手話通訳者に照明が当たらず、手話通訳が見えない、ということになる。

近頃の教室は、黒板灯、前列、中列、後列と照明がバラバラになっていることが多い。右側左側みたいな調整が可能な教室とかにあたると「どうしよう」となるが、大体は前後で照明スイッチが分かれているので、黒板灯を消して、前列灯をつけるとだいたいなんとかなる。

今回の発表では動画を見せるときだけ前列灯も消し、動画の通訳はしなくてよい(発表者側で訳を読み上げる)ということにした。これは手元に照明スイッチがあったからできたことである。あと、共著者がいたので、もたもたせずにすんだ。ありがたい。

ちなみに、手話動画を見せるとき、さらに別の説明をしながら動画を見るのは悪手である。ろう者が手話動画を見ているのとおなじだけの情報量を提供するのがよいので、せいぜい訳を音声で述べる程度にしよう(そうでないと、手話通訳者は、音声で話していることを訳すので、当然照明は落とせない)。ついでにいうと、例文をグロスで出して、それを読みあげるのは通訳にとって悪手でしかない。グロスを指さして、ろう者にも「読んで」もらうしかなくなる。さらに日本手話の例文なのに英語のグロスとかだと、ろう者はお手上げである。例文を手話通訳に訳させるのはやめよう。

4.ろう者の座る位置と手話通訳の立ち位置

発表会場の大きさはさまざまである。我々が気にするのは、ろう者がどの画面を見て(画面が複数ある会場は結構ある)、そのとき発表者と手話通訳者が同時に視界に入る配列がとれるかである。どこにいるのがいいか、当事者が最終的には判断するが、手話通訳者の顔までしっかり見える距離、かつスライドが見える位置というのが重要だ。遠すぎても近すぎてもいけない。

たまに、ろう者用の席として、一番前を確保してくれている会場があるが、そのときに画面が真上にあったりして、通訳とスライドを行ったり来たりで視線移動が大変でそこにはろう者が座らないということがある

会場に最初に入ったときにいくつかの案を持っておくのが良い。今回は、会場確認→通訳者と待ち合わせ→本番直前にろう者がいる、という状態になった。手話通訳者のほうが百戦錬磨だし、ろう者によっても希望がいろいろあるので、最終的な調整は会場に皆がそろったときにやってもらう。ただし、あたりをつけるくらいはこちらでやっておかないと、現地にみんなが揃ったときにテンパる(私だけ?)ので要注意。勝手にこっちでこうしなきゃいけないと決めておくのも、よろしくない。人によって好みもあるので、そこに人が揃ったときにある程度調整できるくらい何種類かの可能性を考えておけるようになったら、中級者だ。

5.音響調整

音響環境も気になる。狭くても、手話通訳は、手話を話す人が壇上にあがるときは前を向いて手話通訳をするので、マイクは必須だ。普段なら「マイク要らないですよね」というくらいの小ぶりな会場でも、反響音などもあり、手話通訳者に聞き取りにくいことがままあるので、講演者もマイク要ります。不可能じゃない限りはマイクは準備してもらうこと。会場に着いて機材が無事接続できたら、本番の音量でしゃべってみて、手話通訳者が座るところでストレスなく聞き取れるかまでチェックしておくとよい。直前に通訳者と会場に着いてからも確認できるのが理想。実は大きな会場の音響って、聞こえやすい場所と、そうでない場所がまばらだったりするし、響きが大きすぎたり、いろいろあるので、ちょっとの場所の違いで、良くなったり悪くなったりする。

手話を途中で実演してみせる時は、ピンマイクが役に立つときがある。ただ、服のごそごそ音を拾うものもあるので、これは好みによる。発表者が手話をやるとき、通訳者は「はい、これから発表者が手話を見せますよ」とやってくれるので、通訳者が講演者の方を指してから手話の例を出すのが肝要である。あと、打ち合わせのときに翻訳のミスマッチみたいな話をするよと行っておかないと、ネタバレになったりするので、何の例を出すのかは打ち合わせでちゃんと言っておこう。

6.通訳打ち合わせ

打ち合わせの流れは大別して、4つくらいの種類がある。

  1. 事前資料からの変更点の確認

  2. 全体的に言いたいことのまとめを話す(全体としてのメッセージを共有)

  3. 不明点の確認

  4. 語彙の調整(特にろう者が発表者側にいるときはこれが結構重要)

通訳者が打ち合わせの流れを決めていることがあるので、それに従えるように心構えを持っておくとよい。よくわからなかったことを質問されるだけで終わることもあれば、「全体的に何が言いたいんですか」って聞かれることもある。全体的に…のまとめをダラダラ話して発表一本分の時間を打ち合わせで消費しきるのはよくないので、最低限これが伝わると嬉しい、ゴールはココ、というのは言語化しておこう。

語彙については、わからないときはおまかせするしかない。会場に着いたときに、通訳対象者が1〜2名とかで、その人たちが良いと思う語彙があるならそれを採用する、という手もある。これはタイミングが合えば、というオプションで、初心者にはおすすめしない。通訳者が勝手にやってくれることもある。

不明点の確認に関して、質問がかなり根本的なところだったりすると、簡単に理解してもらうための説明力が求められる。「二重分節性って何ですか」みたいな質問だ。突然、言語学概論の講義を始めるわけにもいかないので、通訳者が必要最低限これだけはわかっててくれというラインの向こう側の質問をしてくるときは、とっさの対応力が求められる。通訳が理解した以上のことがろう者に伝わることは、なかなかない。聞きに来てくれるろう者がかなり共有情報を持っていない限りは難しい。

もちろん、出来る通訳(つまり、基礎知識があり、事前学習で自分の発表内容を理解し、表出出来るレベルの人)を事前に選ぶのが重要なのだが、学術通訳は、出来る人が限られるので、手話の実力もそうだが、やはりどのレベルの通訳をやったことがあるか、また修士を持っているとか、言語学専攻だったとかいう人が重宝されている。

質問によっては、打ち合わせで、これからどうなるんだろう? という不安になる時間でもある。心穏やかに打ち合わせを行うためには、事前資料は事前にしっかり送るのが肝要だ。エージェントを使うとき、ちゃんと学術会議レベルが出来る人をお願いしますと言って、はいわかりましたと手配できるエージェントを使おう。地域派遣だと、対応出来ない人が来ることが多い。そのときは、善処しつつ「あるある」だと理解し、次からもっとちゃんとお金を準備して、情報を収集し、出来る通訳を呼ぼうと決意して、ある程度割り切って、目の前のプレゼンに集中しよう。ある程度の努力はすべきだが、根本的な用語の理解できないようなら、それはもう通じないかもしれないとある程度線引きすることも、メンタルを保つために必要なことだ。しかし、それでろう者の参加者を切り捨てるメンタリティにならないで欲しい。

私は何回か「ひえー」というのを経て、人選は抜かりなく…。今回も当然、安心して発表することができた。ありがとうございました。



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