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【感想】「Planet Her あるいは最古のフィメールラッパー」(著:九段理江)

 先日、九段理江さんの「しをかくうま」の感想を書きました(すごすぎる小説だったために、全然頭の中が整理できていなかったけど読後の衝動をとりあえず記録しておきたいということで、感想になっていないような感想ですが。)。

 その記事のコメントで、雑誌「ユリイカ2023年5月号 特集=〈フィメールラップ〉の現在」に掲載された本作を紹介いただき、さっそく通販で購入して読みました。

感想

 わずか7ページの超短編だけど、九段理江らしさ全開の超名作でした。自分的本作のポイントとして3点挙げます。

構成が美しい

 好きな作品の感想でいつでも触れている気がするけど、作品全体構成って自分は気になる方な気がします。本作は、ジム通いの小説家が行きつけのジムの更衣室でお気に入りのフィメールラッパーの曲を聴きながら更衣室でトレーニング後のケアをしていたところ、90歳超の女性と邂逅するお話。特に、作品全体を通じて、Doja Cat(米女性ラッパー)の『Planet Her』というアルバムを軸に据えつつ、そのなかの収録曲「I Don't Do Drugs (feat. Ariana Grande)」をフックに、女性が自身の戦争経験をベースにしたラップを披露する流れが白眉。(単におもしろいと表現して良いようなことでは全くないが、)Dojo Catが象徴する現代のフィメールラッパー/HIP-HOPと、戦争経験を有する女性とが、ドラッグ(ヒロポン)でリンクしているという意外性が興味深く(Doja CatはDon't Do Drugsだけど。)、作品を構成するパーツパーツに無駄がなくすべてが連動しているのが美しいです。

言葉に対する姿勢

 この点は、この後に刊行される「東京都同情塔」でより如実になっているけれど、九段理江さんは、言葉というものに真摯に向き合っていて、言葉が持つパワーや影響の大きさ、その反面としての、言葉の意味が失われていくこと/形骸化することの懸念を表現している作家です(と少なくとも私は理解しています。)。それは、本作で主人公が言う以下のセリフに凝縮されています。

「(略)これはあくまで個人的な見解なのですが、こういうただの世間話の、取るに足らないような会話の齟齬みたいなものが、実は巡り巡って、もっと大きな物事に影響を及ぼす気がするんです。たとえば、どこかの国が戦争を始めたりだとか」

「ユリイカ2023年5月号」P.134より引用

 この、「絶対誰にも共感されなさそうだけど、ずっと思ってたこと」を、さらっと登場人物の会話で言ってくれるのが、自分にとっての九段理江作品の大きな魅力で、正直、本作はこのセリフに出会えただけでお金を払う価値がありました。ちなみに、私の後に読んだ妻もここにめっちゃ共感していた。あと、どの部分かわからないけど爆笑して読んでた。

エッジのきいたラップシーン

 物語後半、女性が自身の戦争経験をベースにラップを披露します。このシーン、めっちゃリズミカルで言葉選びが面白くて、最高なんですよね。
 同じくラップシーンが登場する(?)作品として、「Schoolgirl」に収録されている「悪い音楽」がありますが、こちらは主人公の教師が合唱祭でラップを披露するものの、直接的には描かれていない。この作品の書評で、ラップシーンが描かれていないのが物足りないといったような感想を見かけた記憶があるけど、自分は全く逆の感想で、むしろ描かれないことで作品の奥行が出ていると思うんですよね。どんなラップが披露されたのか、読み手が自分なりに「悪い音楽」を当てはめて読む余白みたいな。
 他方で、本作は90歳超の女性がラップを披露するというなかなかイメージしにくい状況なので、本作においてはラップシーンが描かれる必然性があるし、その中で、上記と繰り返しですが、リズミカルで言葉選びが面白いものを書いてくれるあたり、やっぱり「悪い音楽」ではあえて書かなかったんだよなあと、勝手に「悪い音楽」の自分の感想を補強しながら読んでしまいました。
 本作も他作品に引けを取らない面白さで、自分にとって期待を裏切らない推し作家だなあと、あらためて実感しました。

 九段理江作品は「しをかくうま」と本作の感想しかまだ書いていませんが、ほかの作品も、そのうちまとめたいと思います。

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