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ルパン三世 PART5 大河内脚本の科学的構造Ⅳ

大河内脚本のルパン三世は、私達と共に歩んだルパン三世の歴史を過去現在未来と縦横無尽に織りなしながら、各エピソードや発言・シーンをピックアップし、紐付けさせながらシャッフルすることで、まるで全ての時代の全ての出来事、全てのルパンたちが一堂に会し、一挙に目の前に現れたような錯覚がある。

これは人の無意識の世界、潜在意識と呼ばれる意識下の世界、時空を超えた第5次元の世界にあると言われる現象で、概念芸術でもある文学や映像、脚本のスキームがさらに進化し、新しい表現文法を獲得したように思われる。


問題作でもある押井守原案の過去作「GREEN VS RED」は、「各時代の大勢のルパンが物語上に現れる」という形で、現代の若者のストーリーと照らし合わせ、現代性を獲得しようとしたけれども、大河内脚本はこれを物語の骨組みの中に組み込み、概念としてではなくストーリー構成上の技術的な技法として昇華させている。

正直PART5を観てからの「GREEN VS RED」が滑稽に見えるのは、押井守がやりたかったこと、イメージしていたコンセプトは、大河内脚本のようなことではなかったかと思う。10年以上前にそのアイディアを生んだ先見の明はすごいけれども。


21世紀のライトノベルやSFアニメの世界では、時空の移動や過去改変、次元の移動など、小説や作品世界のスキームの書き換えは何度も行われている。ゲームの影響もあると思う。

それらは現実の物理世界や登場人物の内面や感情を含む4次元の世界を前提とする20世紀までの物語の表現パターンから、さらに集合意識や潜在意識と呼ばれる人々の夢や記憶・無意識の領域を含む5次元世界へと展開し、進化したもの。

海外だとクリストファー・ノーラン監督などハリウッド映画でも見られるように、インターネットが発達し、サーバーやSNSを介して、人々が意識体で繋がり始めた21世紀の新しい現実であり表現世界。感覚であり領域。


けれど、昭和生まれのルパン三世は、お決まりのパターンの大衆娯楽作品のままだった。どんなに物語を工夫しても、アニメや物語の文法が古いままなのだから限界がある。「GREEN VS RED」のようにキャラを多次元化させるという苦しい形でしか表現できなかった。

現代に生きる私たちが感覚的に面白いとは思えないのは致命的。小池ルパンやPART4のように、その古さを逆手に取って再解釈するぐらいしか目新しさも面白さも生まれにくい。


つまるところ、それだけルパン三世は古くなり時代に付いて行けなくなっている、化石化した娯楽ということ。あのスタイリッシュで当時の時代の最先端を走っていたルパンが。「複製人間VSルパン三世」の斬新さなど当の昔。

PART5が二次創作に見えるのは、表現方法のフィールドが違ってしまっているからで、私たちの知っているルパンと別ジャンルに見えてしまう。

それはルパン三世がずっと前世紀のフィールドに留まり続け、もう20年近く新しい表現手法が採り入れらず、現代と著しく乖離してしまったということ。老人が時代劇を観て安心するように、それだけルパンもファンも古くなってしまった。


傑作SFアニメの脚本家である大河内さんがルパン三世のシリーズに着手するにあたって、「過去のルパン三世を全肯定する」という立ち位置から始めたのも、そうしなければ始められなかったのも、現代のルパンを生み出すために必要な現在位置の確認であり、新生ルパン誕生へ向けての助走でもあり、これまでおざなりにされていた、ルパン三世のアニメにおけるパラダイムシフトの提言でもある。


これまでのルパン三世は、その物語のスキーム同様、テンプレ通りのお決まりのキャラだった。物語のフォーマットが平らなら、人物描写も平らになる。原作漫画のルパンはさらに寡黙で、内面が見えることはなく、よく言えばミステリアスだけども、悪くいえばゲームの駒のように即物的で、その台詞と行動でしか人物を把握出来ない。

大河内脚本が物語のスキームを立体化したことにより、キャラクターの人物描写が人物造形へと彫り上げられ、より具体的に深化した。それによって、これまで見られることのなかったルパンの内面が画面にじみ出るようになり、テンプレではなくまるで息づかいまで聞こえるような、リアルな人物像を浮かび上がらせた。


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パンチ先生が「今も燃えているか」で過去改変の物語を提案したのは、先生なりの現代的解釈だったと思うし、現代のルパンの問題点を認識していたように思う。2ndの時からアニメのアイディアを自作に取り入れ、また新たな解釈でフィードバックする先生だから、大河内脚本に刺激されたのもあるかもしれない。


「今も燃えているか」がこれまでの次元移動ものと違うのは、「ルパン自身が過去を後悔していた」という内面が、物語上一切語られず改変だけ行われたこと。

それによってルパンの行動は、ルパンの意識下の作用によって引き起こされ、生まれたようにも見える。「今も燃えているか」そのものが、ルパンの無意識によって生まれた出来事で、時空を超えた一つのエピックでもあり、ルパンによるセカイ系でもある。


「ルパンが過去を後悔していた」という裏設定は、表に出て来ないけれども、今までのどんなシリーズや作品にも出て来なかったルパンの新たな一面。

最近のリブートの影響によって、先生がルパンにそのような内面を持たせたのは、ルパンの歴史上とても大きな事で、原作漫画から50年ぶりに生まれた新事実。新作のようなもの。


実はキャラクターはこんな風に時と共に変化したり、別の一面を見せることも長年やってればあるわけで、だからこそキャラクターにリアリティを持たせられ、私たちと共に同じ時代を生きている感動を与えられるのではないかと思う。




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見たもの聴いたもの感じたもののレビューを綴ります。 大学では映画評論美術評論専攻してました。 最近はご無沙汰・・・昔好きだったルパン三世の考察から。
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