貼り紙
もうずいぶん昔の話になるが、勤務先の近くの電柱に貼り紙が出た。油性マジックの手書き文字に、ビニールに入った写真が直接貼り付けられた、今時珍しいほどにアナログなものだ。そこにはこんなことが書かれていた。
「自宅の裏で子猫を3匹拾いました。とても可愛らしく、全部飼ってやりたいのですが、当方は老人の二人暮らしなので難しいです。どなたか最後まで面倒を見てくださる方にお譲りできればと考えています。●●までご連絡ください」
うろ覚えの要約なので、実際の文章とは違うが、だいたいこのような内容が、丁寧な文字で綴られていた。写真には、温厚そうな老夫婦が子猫たちを抱えて目を細めている姿。残念ながら当時の我が家は動物を飼える環境ではなかったので、どうなることやらと気を揉みつつ、その場を離れた。
それから2週間ほどして、貼り紙は新しいものに替わった。
「先日、子猫の件で貼り紙をしたものです。みなさまのご協力のおかげで、3匹とも良い方のところに行くことができました。ありがとうございました」
迷い猫にせよ、引き取り手募集にせよ、お礼貼り紙を出す人は珍しい。よほど几帳面なのだろう。そういう人が選んだ里親なのだから、きっと良い里親に違いない。そう思うとほっとした。
しかし次の週、思いもよらないことが起きた。なんと3枚目の貼り紙が出たのだ。まさか子猫に何かあったのだろうか? 心配になって読んでみると
「たびたび失礼します。先日子猫の件で貼り紙をした者です。最初の貼り紙に貼ってあった写真が風に飛ばされているのを見つけて、2枚目の貼り紙に貼り直してくださった方、本当にありがとうございました。子猫たちとの大切な思い出の写真だったので、なくなった時には落ち込みました。それが手元に戻ってきて、とてもうれしいです」
数日後、この貼り紙は剥がされ、それ以来私はこの手書き文字を見ていない。あれからかなりの時間が過ぎているので、今はもう猫も老猫だろうし、老夫婦もどうしているか分からない。だがきっと、みんな幸せに暮らしていることと思う。