おもしろい話は、耳に集まる。

*いつもいつもおもしろい話をする人がいたとします。もう、その人と話すと、いろんな「おもしろい」があるのです。ある人は手を叩いてゲラゲラ笑い、ある人はアゴに手を当てながら「ふーん、やるじゃん」なんて言っちゃって、またある人は懸命にメモを書き留めている。そんなおもしろい話をする人が、まあ仮に、いたとしましょう。


その人が話す内容は、ウソからホントまでさまざまです。ウソだろ!?ってツッコみたくなるような話もあれば、聴いていて赤べこのように首が上下に動いてしまうほど、納得する話もあります。かと思えば、作り話があったり、歴史の話をしたり。けれどその人は、べつに、話をすることが上手なわけではないのです。それなのに、なぜかおもしろい。


結論から言ってしまうのなら、「おもしろい話は、口ではなく耳に集まる」のです。よくしゃべる人のもとに、おもしろい話が舞い込むのではありません。口が出力しているあいだ、耳からの入力は本来よりも疎かになりますから。ではなく、よく耳を動かしている人のもとに、おもしろい話は集まるんだよなぁ。考えてみれば、至極当然のことなんだけど。


運命的で奇跡的な毎日で、日々に起こっていることだけを話していておもしろいほどの人生を生きている人は、きっと少ないでしょう。いるかもしれんが、たいがいの人はそうではない。それなのに、おもしろい話をしてくれる人は、きっとよく耳が動いているんですね。おもしろい話が、耳に集まってきているし、集めているんです。


集め方には、たくさんあります。人の話を聞くことはもちろん、本を読むことだって、「耳が動いている」ことです。映画を見ることも、ひとりで過ごすことも、文章を書くことすらも、なんなら「想像する」ことだって、耳が動いていることなんじゃないかな。話芸のプロはよくしゃべる以上に、よく耳が動いているんですよね。すべらない話の兵藤さんなんか、まさにその権化のような人だ。


「おもしろい話をする人」と「おもしろく話す人」と「話していておもしろい人」ってのは、似ているようでちょっと違うんだよなぁ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?