いい後輩になりたくて。

*昔、ぼくのことをよく慕ってくれたモノ好きな後輩が「考え方に影響を与えた本を教えてください!」というので、3冊ほど本を貸したことがあった。「ま、分からないところとか、しっくりこないところがあれば、聞いてヨ」なんてカッコつけて言った気もする。

案の定というのか、豚もおだてりゃと思われているのか、後輩は会うなりその本を読んでの質問を、矢継ぎ早に浴びせてきた。おちつけもちつけとなだめながら僕はその質問にひとつひとつ答えようとするが(実は、ぼくも読み返していたのだ)、これがなかなかむづかしいのだ。そして、おもしろい。後輩の質問もいい角度なので、それにできるだけ分かりやすく、易しい言葉で言い換えたり、例えたりしなければならない。本に載っている言葉だけでは彼は納得できていないのだから、それ以外のことばを探して、繋げて、説明しなければならないのだ。

いい後輩は、先輩を成長させるものだ。いい質問は答える方にとっても新たな視点を生んだり、学問にしたって、基礎学力がまだない人にいきなり難しい単語で捲し立てても伝わることはない。相手のことを考えて、より易しいことばで伝えようとすることは、自分自身のためにもなる。

・いいキャッチャーは、投手のポテンシャルを最大限に、時にはそれ以上の実力を引き出すそうだ。配球とかキャッチングとか、技術はもちろんだろうけど、信頼関係が大きいだろうね。そして、これはもちろん逆もある。いいピッチャーは、キャッチャーのポテンシャルを引き出す。教師と生徒にだって同じことが言える。生徒側が教師のポテンシャルを底上げすることは、きっとできる。大学なんかのおっきい教室で、大人数が聞いている講義がおもしろくないと感じてしまうのは、教師にも原因があるかもしれないが、大多数の「聴く気のない生徒」にも原因がある。ということは、生徒次第で、教師もやる気になるものだよ。

・いい問いは、いい答えを生む。いい後輩は、先輩の方もよく育つ。いいお皿は、いい料理をもっと美味しくする。いい聞き手は、教え手をより伸ばす。これは中身の話じゃなくって、姿勢の話です。


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