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朝の電車

*朝、珍しく電車に乗っている。通勤ラッシュの時間は過ぎているので、車内はほどよく空いている。前には妙齢の女性が三人、横並びで座っている。ふたりがぺちゃくちゃとおしゃべりし、もうひとりは静かに目を閉じている。友人でこれからお茶でもしに行くのかな、などと考えながらふと足元を見ると、三人ともスニーカーが一緒で、色違いのものを履いていた。三姉妹だろうか、と思う。久しぶりに三姉妹集まってお茶でも、などと考えていたところ、目を瞑っていた女性がサッと立ち上がり降りた。

ちょうどその女性と入れ替わりで、高齢のおばあさんが乗ってきた。そして端っこに座っている僕の隣にぽつんと立った。あれ、座らないんですか?と心の中で声をかける。おばあさんは手すりを掴み、立ち尽くしている。席はほとんど空いていた。

次の駅でまーまー人が乗ってきた。ガラガラだった席はどんどん埋め尽くされていく。その光景を見ながら僕は「このまま満席になったら、僕はおばあちゃんに席を譲らないやつに見えるのではないだろうか?」と未来を心配する。ちがう、満席で僕が譲っていないのではない。空席のときからこのおばあちゃんはいて、自分の意思で座っていないだけなのだ。

しかしこれから乗ってくる人はそんな文脈などつゆしらず、「高齢のおばあちゃんが立っていて、その隣で悠々と座ってる若者」の構図にしか見えないわけだ。ブルータス、これが文脈か。悩んだ挙句、僕は隣のおばあちゃんに声をかける。「あの、座りますか?」おばあちゃんは少し驚いて、「ああ...」と断り切れずに座った。あれはたぶん、いや間違いなく断り切れずに座った。なんだこの、誰も幸せになっていないような気がする話は。おばあちゃんは結局次の駅でぎこちない会釈をしながら降り、僕は再びその席に座った。するとまた、僕の隣に別のおばあちゃんが立った。席は空いている。


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