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銀河鉄道につながるバス

*さいきん、仕事の都合で週に一度バスに乗っている。昔から乗り物酔いがひどく、中でもバスが一番苦手だった。あの大回りするような感覚と独特な匂いに乗った瞬間から酔ってしまう。しかし慣れというものはすごいもので、歳をとった今はほとんど酔うことがなくなった。なんなら、ちょっとバス移動が好きになりつつさえある。

先日、バスに乗っていたら後ろの席で小さな女の子が「月まで歩いていくと何年かかるでしょう?」とクイズを出していた。小さい子特有の通る声が、バスのアナウンスよりも綺麗に車内に響き渡る。「いち、五年。に、十一年。さん、百年。よん、三日」という四択を少女は読み上げる。きっと誰もが「十一年」だと思ったはずだ。隣に座る父親らしき男性が「三日?」と答える。それは冗談のようにも、どこか本気のようにも聞こえた気がした。月まで歩いて三日なら、大阪〜東京間に地球と月はあることになる。少女はにっこり微笑んで、「ぶぶーっ」と嬉しそうに答える。バスの中にほっこりが充満する。ここが銀河鉄道ならよかったのに、と思う。

車に乗っているというのに、あのバスのもっさりとした速度で街を置き去りにしていく感じが好きだ。「人生は速く走りたいやつか、遠くに行きたいやつばかりで息が詰まる。どこにも行かなくたっていいのに」という言葉を、昔どこかで誰かから聞いたことがある。お世話になってたゲイバーの姉さんだった気もするし、通りすがりの神様だった気もするしお隣さんだった気もする。

人生に目的地などないのかもしれないが、目的地はあったほうが生きやすい。けれど、本当に大切なことは、その道中をいかに楽しめるかだとも思う。その道中を共に楽しんでくれる誰かがいたら、人生はもう半分勝ったも同然な気がする。何に勝ってるのかはわからないけれど。そう思うのも、少しずつ歳をとったからなのかもしれない。


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