見出し画像

焦げた肉を好きになった理由

*子供の頃、家族でよく行く焼肉屋があった。食べ盛りの僕と弟、妹と父母の5人でよく行っては、じゃんじゃん焼いてじゃんじゃん食べていたのをふと思い出した。年に二度は連れて行ってもらっていたはずだ。はずなのに、今はもう名前すら思い出せない。記憶にあるのは、焦げた肉を食べる母の姿だけだ。

一枚一枚きれいに焼いて食べるほど繊細な家族ではないので、来たお肉をテキトーに網に乗せて、焼けたものから取り合っていた。そうすると、誰も箸をつけないお肉がちらほらと出てきて、自然と焦げていった。母はそれをいつも「私は焦げた方が好きやねん」と言って食べていたが、そんなわけがないことを子供ながらに知っていた。母は料理をするとき、少しでも焦げるといつもイラついていたからだ。料理で焦げるのがイヤな人間が、焦げた肉を好きなはずがないことを子供ながらに分かっていた。

ある日、友達の家族に焼肉に連れて行ってもらったときのことだ。網の上に、まーまー焦げた肉があった。取り残されたその肉を見ながら「いつもなら母が食べるだろうな」と考えていたら、とたんにその肉が可哀想になって箸を伸ばした。まーまーどころか、ほぼ丸焦げだった。それを見かねた友達の母が「焦げてるからやめとき、焦げは食べすぎるとガンになるらしいから」と僕に言った。今思えば迷信なのだろうけれど、僕はその言葉を聞いたとき、驚いて驚いて、なんとも言えないような気持ちが胸に込み上げてきたのを憶えている。

僕が焦げた肉を食べるようになったのは、それからだ。焦げた肉が好きだったわけではない。ただ、この焦げた肉を残していると母が食べることを知っていたからだ。母にガンになってほしくなくて、僕は焦げた肉を率先して食べた。見かねた母が「どうしたん?」と言うので、僕は「焦げた方が好きかもしれん」と言った。母は「あんたも分かってきたなぁ」と笑った。

今となっては、焦げがしっかりつくくらい焼いた方が好きだ。ただ、はじめからそうだったわけではない。僕が焦げた肉を好きになったのは理由があったのだ。そのことを、母が明日誕生日だということに気付いて、思い出した。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?