自分の力だけで考えを変えられるか?

*「考えを変える」というのは、なかなかむづかしいことだと思う。「考えが変わる」ことはあっても、自分の考えを、自分の力でぐにゃりと変えてしまうようなことって、実はなかなかないんじゃないか、むづかしいんじゃないかとふと思ったのだ。

例えばぼくは、丼ぶり業界の中では「天丼」がナンバーワンである。しなしなで提供してくる天丼もあるが、やはりサクサクがいい。タレは多めにかかっていて、天ぷらをつまみにあのタレのかかったご飯を食べるのがいいね。大葉の天ぷら一枚で、あの丼ぶりのご飯をぜんぶ平らげれるくらいだと思うもの。

これが、もうめちゃくちゃ美味いカツ丼とか、親子丼に出会ったら、この考えは変わるかもしれない。しかし、それらに出会わないままに、「天丼より中華丼の方が一番美味いんじゃないか?」と、自分の考えを自ら変えるようなことはあるだろうか?

何の考えも持っていないことならまだしも、何かしら一家言あるような考えを、自らの力だけでぐにゃりと変えてしまうようなことは、実はほとんどないように思う。たいていの場合、考えが変わる「きっかけ」に出会うから、その考えは形を変えたり、位置が変わったりするのだ。逆に言えば、その「きっかけ」に出会わないかぎり、考えはなかなか変わりっこないとも言える。

そうだ、きっかけに出会おうとしないかぎり、なかなか考えは変わらないのだ。興味のあることを調べたり、話を聞いたりすることで、そのことに関する知識や体験談を多く取り入れたり、自分とは異なる考えの人の立場に立つことで、少しずつ、ときには一気に考えが変化していく。そうして「厚み」というものは出るんだろうね。知識や体験談を知る前と知る後の考えが仮に一緒だとしても、その考えの厚みは、まったく違うものになる。

考えが変わることは、何もわるいことじゃない。さらに言えば、考えが変わることは、恐れることじゃない。それよりも、何のきっかけにも出会えないままに、その考えを持ち続けることのほうが、よっぽど恐ろしいことなのかもしれない。だから、人に会って話を聞いたり、勉強したりすることは面白いんだねー。


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