お前が気にしてるのは人の顔色じゃねえよ

*人にガッカリされることに慣れてしまっている。これは良くないことだ、と思う。こうして被害者ヅラをしているが、もちろんガッカリすることもある。されることもある。それなりに生きていると、ガッカリされた瞬間もわかるようになってくる。「あ、今」と栞を挟めるレベルで分かる。でもたぶん、僕が理解している以上にガッカリされているのだろうけれど。

先日、手伝っている会社にインターンに来ていた若い子に「話したいです！」と言われて、郵便局に荷物を出しに行くまでの道すがらでいろいろと話したことがあった。正直、どこの誰かも知らない、さして興味のない人間に自分の時間を取られなきゃいけないんだ、と思っていた。けれどこれも何かのためになればと、道すがらを利用した。ざっくばらんな質問をいろいろ聞かれて、なるべく正直に話した。「どうして文章書いてるんですか？」という大玉転がしくらいのデカさの質問にも、最近亡くなった祖父の話をぽつりぽつりと思い返すようにして話した。その日の夜、そこで話した内容が、その子の日報にこと細かく書かれていた。それを見て僕は、心底ガッカリしてしまった。誰かにガッカリしてしまったとき、自分もどこかで他人にガッカリされてきた、と思うようにしている。ガッカリされてからが人生だ、と自分に言い聞かせるようにしている。

ジュラ紀くらい昔に、数ヶ月だけホストをやっていたことがある。先輩の紹介で興味がてら入ったが、文字通り浴びるほど飲まなければいけない酒の量に、体を壊してやめた。その頃、僕は人の顔色ばかり伺う人間で、あらゆる挙動ひとつに怯えながら生活していたと思う。そんな僕に、指名一位の先輩がラーメンを奢ってくれながら「お前が伺ってんのは人の顔色じゃなくて、他人の目に映ってる自分やぞ」と言われたことがある。図星すぎて何も言い返せなかったが、言い返したい顔だけはしていたのだろう、先輩は「本当に人の顔色伺ってるなら、俺が今吸ってるタバコの銘柄言えるか？」と問われ、何も言い返せなかった。「この仕事やるなら本気で人の顔色伺えよ」彼はそう言って、僕はその１ヶ月後にその店を辞めたと思う。

その数年後、飲み終わりの明け方にラーメン屋に入り、中華そばを頼んで席に着くと、カウンターの向こうから「よお」と声がした。顔を上げると、短髪になった一位の彼がそこにいた。彼は三十歳をきっかけにホストを辞め、このラーメン屋に弟子入りしたのだそうだ。彼もいろいろあったのだろう、二、三世間話を交わしていると、中華そばが運ばれてくる。

割り箸をぱきっと折り、食べようとしたそのとき、彼が小鉢にこんもりとネギを乗せて渡してきた。「ネギ好きだったろ？」僕が彼とラーメンを食べに行ったのは、あの一度だけのはずだった。その日、僕はトッピングにネギをこんもり付けて食べていたことを、その瞬間になって思い出した。彼はラーメン屋になっても、彼のままだった。

ほどなくして食べ終えて、お代を彼に払う。受け取った彼が「お前、俺が吸ってるタバコの銘柄言えるか？」カウンターの向こうからそう言った。