硝子提灯
男:客人 女:店主?
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女: カランコロンと音がする
男: それは下駄の音(ね)?
女: いいえ 思い出
女: カランコロンと音がする
男: 誰の思い出?
女: 君の思い出
男: だけど、だけど僕は思い出せないんだ・・・
女: 硝子提灯カランと鳴った
中の金魚が逃げ出す前に、さぁ、さぁ 早く
男: 僕は・・・――――
カシャンと、ガラスの割れる音
ひとつの灯りを残して暗転
男: 記憶というものがひどく曖昧で
生まれてこのかた、20回以上の「夏」が僕を過ぎて行ったはずなのに
これといって特別な何かが思い出せない。
誰と何を食べたっけ。どこで何をしてたっけ。
キャンプに行ったり 祭りに行ったり スイカもかき氷も食べたけど
思い出すものは決まって
淡い 淡い 水彩絵の具のような色合いをしていて
今にも溶けて消えてしまいそうなんだ
台詞終わりにかかるようにその灯もふっと消える
女: そりゃ あんた、思い出というものに
ちっと期待しすぎなんじゃないかい?
ぼぅっとまわりの景色が分かるくらいの灯がともり
辺りの様子を照らし出す
食事処らしきL型のカウンター
少し離れた場所に障子戸
全体として薄ぼんやりとした朱色の色合い
男、突っ伏して寝ていたところから目覚め、女の存在に気づく
女、風鈴のような丸い硝子に絵付けをしているようである
男: ・・・・・(頭をあげて女の方を見る)
女: お、(ちらりと男を見るが、すぐ手元に視線を戻し)目が覚めた?
男: ・・・ここは?
女: いいだろう何処だって。どうせ忘れちまうんだから。
男: 何、してるんですか?
女: 硝子提灯の絵付け・・・ ど?(見せる)
男: きれい、ですね・・・
男: ここにあるものみんな・・・?
女: そ
男: 売りもの、ですか?
女: 売ってんのは中身。こいつはまぁ、入れ物みたいなものだよ
男: 中身って・・・?
女: ほら、そこの灯がついてるやつ。よく中見てみな。
女、カウンターの上部にぶら下がっている丸い硝子灯りを顎で示す
男、立ち上がってたくさんあるうちのひとつをのぞきこむように見る
男: ・・・金魚だ。金魚がいる・・・
女: 金魚の形をしてるがね。そいつは 「思い出」だよ
男: 「思い出」?
女: 記憶なんてものは実に曖昧・・・
あんたの頭の中にあるその「記憶」が、
本当にあんたの過去に起きた事実だなんて証明できる?
男: は?証明・・・?
僕が、自分のこととして覚えてることは、それは・・・事実、でしょう
女: 過去なんていくらでも書き換えがきくんだよ
現状は変わりはしないがね
そいつはさ、買ってった客に何でも望む思い出をくれる金魚だよ
男: 望む思い出・・・(男、灯に魅せられたように硝子に触れようとする)
女: おっと、勝手に触れてもらっちゃ困るね
男: (ハッとして手を引っ込める)すみません
女、目線を絵付けの仕事に戻す
男、カウンター席に戻るが、どこか落ち着きがない
男: (思い切って)あの、それ、僕でも買えますかね
女: ・・・買えるよ、お代さえくれればね
男: (ポケットを探しながら)いくら、でしょうか。
高そうだけど・・・ 払えるかな。いくら持ち合わせてたっけな
女: (立ち上がり、男に近づきながら)金なんかいらないさ。
あんたが書き換えたい「記憶」を、うちに売ってくれさえすれば
男: ・・・記憶を、ですか?
女: そ。売る?
男: う、売ります!
女: ・・・じゃあこっち(障子戸の方に歩いていき、振り向いて)来て
男、しばしぼんやりと見ていたが、慌てて女の後に続く
女、障子戸を開ける
障子戸の中、生け簀になっている。
黒く、灯を反射させる水の中に、金魚が泳いでいる
男: 金魚・・・こんなにたくさん・・・
女: あんたの記憶が餌になる
どれだけ売るかは任せるよ
こちらも見合う金魚をやろう
男: えっと・・・どう、すればいいんでしょうか?
女: 思い浮かべて撒いてみな
男: 撒く・・・
女: 撒くふりでいいよ
男、言われたとおりに半信半疑ながら
生け簀に向かって餌をまくふりをする
すると金魚が口をぱくぱくとさせて群がってくる
にわかに騒めきだす水面
男、はじめは驚くが、
続けるうちに、徐々に鬼気迫る表情に変わり、動きも大きくなっていく
女はそれを無言で見ている
男: (男、女の視線に気づき我に返って)こんな、感じ・・・でしょうか。
女: いいんじゃないの。ほら、もってきな
女、いつの間にか持っていた硝子提灯を手渡す
小さな金魚が1匹中で泳いで灯となっている
男、嬉しそうに、大事そうに、受け取る
男: ありがとうございます
女: 枕元に置いて寝れば、そいつが、売った「記憶」の隙間を
「思い出」として埋めるだろう
あんたが望む「思い出」だ
男:えぇ、えぇ、ありがとうございます。
女:・・・出口はそっち。
男、ぺこぺこお辞儀をしながら店を出て行く
(間)
女: ・・・自分のものはみーんな売ってスカスカにして、
他人の綺麗な思い出の中で生きたって・・・・・・
女、金魚の生け簀の前で金魚をぼんやり見つめ横になる
女: ねぇ、わたしはどこ?あなたはだぁれ?
女、寝そべったまま指先をすりあわせ金魚に餌をやる
先ほどのように水面は騒めかず、静かなまま
女、体を縮めるように小さくなり目を固く閉じる
灯が小さく小さくなっていき、
女の影がぼんやり見えるか見えないかくらいに暗くなる
カランコロンとどこからか涼やかな音が響く
女: 硝子提灯カランと鳴った
中の金魚が逃げ出す前に、さぁ、さぁ 早く・・・
カシャンとガラスの割れる音
(間)
女、ひとり笑いだす
天を仰ぐように笑いだす
ひとしきり笑って徐々にその声に疲れが混じり消えていく
暗転
幕
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