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A 祖父の形見の湯呑茶碗が不思議を起こした話

体験者:結城さん/30代男性(取材年月日:2022年9月11日)

 人間に作られた「物」にも魂が宿る、という話が昔から伝えられています。古くなった道具が勝手に動きだしたり、不思議な現象を引き起こしたりという話を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。

 特にその道具が、亡くなった人が生前に愛用していた「形見の品」であればなおさらのこと。「故人の強い思いが、この世に遺した道具を通して顕現した」――そのように解釈できる不思議現象も、時には起こるようです。
 私たちは形見の道具を介して亡き人のおもかげを感じ、そこに様々な思いを抱くのでしょう。

祖父の湯呑

 生まれ育った18年の間に、いろいろ奇妙な現象に遭遇した30代の男性・結城さん。彼の不思議体験は、地元の高校を卒業して東京に引っ越した後にもありました。
 そのきっかけとなったのは、彼が1つの小さな湯呑茶碗を手に入れたことです。

 その湯呑茶碗は、結城さんが10歳くらいの頃に亡くなってしまった、彼のお祖父さんが愛用していたものでした。茶色い常滑焼で、表面には「寿限無寿限無五劫の擦り切れ……」と、落語の「寿限無」に登場する子どもの長い名前が彫られています。お祖父さんが亡くなってからは使う人もおらず、ずっと家に保管されたままになっていました。

 結城さんが都会に出ていくにあたって、お祖父さんの形見となった湯呑を、家族がお守り代わりとして持たせてくれたのです。
 家族は結城さんにこう言いました。
「お祖父さんの使ってた湯呑だからね。たまに水を入れてあげたら、きっと喜ぶよ」 

急激に減った水

 東京で一人暮らしを始めた結城さん。彼は実家から持ってきたその湯呑を流しのそばに置いて、普段使いにはしないものの大事にしていました。

 お盆休みを目前に控えたある日のことです。帰省のスケジュールを調整するため、彼はお母さんに電話で連絡しました。

 電話を終えた後でふと結城さんは、常滑焼の湯呑のことに思いが向きました。そういえば実家でも、毎朝仏壇に水を入れた湯呑を供えたり、お墓参りの時に墓石の水鉢に柄杓で水をあげたりします。
 この湯呑も、もとは亡くなった祖父の形見です。「お盆にはご先祖様が帰ってくる」――そんな話を思い出した結城さんはその日、祖父の湯呑に水を満杯まで入れておきました。

 翌朝になり、なんとなく湯呑に目をやった結城さんは驚きました。確かにゆうべ満杯まで入れたはずの水が、すっかり減ってしまっているのです。見たところ、8割ほど無くなっているように見えます。もちろん結城さんは、あれから一切湯呑に手を付けてはいません。
 蒸発してしまったのでしょうか? いくら夏の暑い時期とはいえ、直射日光があたるような場所でもないのにそんなに急に無くなるものだろうか――
 もしかしたらそういう材質の湯呑なのか? 気になって仕方がない結城さんは、試しにもう一度水を注いでみることにしました。昨日も今日も、気温などにそれほど差はありません。これでまた水が同じくらい減っていたら、「そういうものなんだろう」と納得できます。

 ところが次の朝に確認してみると……湯呑の水はまったく減っていなかったのです。
 ご先祖様のことを思って水を入れてみた、その一日だけ。どうしたわけか急激に湯呑の水が減ったのでした。

喉の渇き

 東京で暮らし始めてしばらく経って。生活環境の変化にともない、結城さんは一度引っ越しをしました。もちろんあの湯呑も一緒に持っていきます。新しい住まいでも快適に暮らしていた結城さんでしたが、ある時を境にして一つの悩みが出来ました。

 夜間にやたらと喉が乾くのです。寝る前にしっかり水分をとっても、寝ているうちに喉がからからになって苦しくなります。夜中に目を覚まして、水を飲みに起きることもしばしば。ベッドの近くに清涼飲料水を置いておかなければ、安心して寝付かれなくなっていました。

 ある時お母さんに電話で近況報告をした際、結城さんは喉の渇きのことを相談しました。
「実は最近、夜にめっちゃ喉が渇いてさ……」
 話を聞いたお母さんはこう尋ねました。

「それ聞いてちょっと思い出したんだけど。あんた最近、お祖父さんの湯呑に水をあげてる?」
「……あ」

 そういえば――。
新居に引っ越してからはあの湯呑もほったらかしにしてしまっていて、水を入れることもすっかり忘れてしまっていたのです。
 
 久々に取り出して、すっかり乾ききってしまった湯呑に目を落とします。
「湯呑に水を入れる」――なんとなくそれが正しいような気がして、結城さんは水をいっぱいまで入れてから床に就きました。

 するとどうしたわけか、その晩は喉の渇きに悩まされることなく、スッキリと朝を迎えることが出来たのです。
 湯呑を確認してみたところ、お盆の時と違って水量は減っていません。でもそれからは毎日、寝る前に湯呑に水を酌んで置いておくことにしました。
 不思議なことにそれ以降、結城さんが喉の渇きに苦しむことはすっかり無くなったのです。

 結城さんはそれからも何度か引っ越しをしました。湯呑もきちんと持っていたのですが、どこかのタイミングで他の荷物のなかに紛れてしまって見当たらなくなってしまいました。 

 とても大事にしていた湯呑でしたが、残念ながら今はどこにいってしまったのか、わからないそうです。

解釈

「お盆の時期に、湯呑に入れていた水が一晩で無くなった」
「湯呑に水を入れた途端、苦しめられていた喉の渇きから解放された」
――形見の湯呑をめぐるこれらの不思議については、元々の持ち主である祖父の魂が関わっているのではないかと結城さんは考えています。

 お盆に帰ってきた祖父の霊が飲んだために湯呑の水量が減って、湯呑に水を入れて癒したことで喉の渇きが解消されたのではないか――と。
明確に不思議な現象に感じたのはその2件のみですが、
「それ以外の時でも、湯呑を手元に置いている間は、何となく守ってもらえているような感じがしたんだよね」と結城さんは語ります。

 心霊スポットの陸橋に偶然巡り合った話でも語られたように、結城さんは人よりもインスピレーションの感受性が強いのだそうです。
 形見に譲り受けた湯呑茶碗を介して、彼は自分を守ってくれる優しく穏やかな祖父の存在を感じたのです。



※トップ画像(急須・湯呑)はイメージ写真です。



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