鉄道会社、本業を蔑ろにしていないか?
ハインリッヒの法則。
1/23、東北新幹線の大宮-上野間を走行中の、かがやき504号で架線トラブルが発生し停電。その後、復旧作業員が感電する二次災害が発生した。
元業界人の肌感覚として、ここ最近の交通産業、特にJR東日本は乗客の死亡事故こそ発生していないものの、直近1年で重大インシデントが立て続けに生じている印象がある。
23/4/23に川越線(実質埼京線)でのデッドロック。5/23には東海道線の旅客列車が貨物線に誤進入が発生し、8/5には東海道線で架線柱が鉄筋の腐食により倒壊して、列車と衝突する事故があった。
航空業界でも、1/2の羽田事故は言わずもがな。1/16にも新千歳空港で接触事故が発生している。
不吉なことはあまり記したくないが、こう言った事故が起きると、現場では安全確保の名目で締め付けがより一層厳しくなり、ただでさえ疲弊していて、これまで事故が起きずに済んでいたのが不思議な状態だった一線を超え、同業で立て続けに重大事故が続くイメージが強く、ドロップアウトした身でありながら危惧している。
現に運輸安全マネジメント制度が設けられた背景は、2005年に鉄道、自動車、海運、航空で、ヒューマンエラーが原因とされる事故が多発したことが発端となっており、20年目の節目を迎える以前に形骸化している感は否めない。
というのも、ハインリッヒの法則では、1件の重大事故の背景に、29件の軽微な事故と、300件のヒヤリハットが隠れていると言われている。
つまり、現場で1日1件のヒヤリハットが発生している状況を、根本的に解決されないまま放置していると、1年に1度のペースで重大事故が起きても、確率論的にはおかしくない。
この理屈でいくと、先述したJR東日本の直近1年で起きた4件の事故を、全て重大事故と捉えるなら、その背景に1,200件近いヒヤリハットが隠れていると考えられる。単純にどこかの現場で発生しているヒヤリハットを組織内で足し合わせると、1日あたり3〜4件発生している可能性があるわけだ。
外注化の先にあるもの。
とはいえ、元業界人としてJR東日本管内で、直近1年に起きた4つの事故原因を分析すると、信号装置を起因とした事故が2件。電力設備を起因とした事故(1/23の件は現時点で推察)が2件と、いずれも運転士のヒューマンエラーによって生じた事故とは言い難い。
恐らく昨今のコストカットの一環で、信号装置や電力設備を実際に保守運用しているのは、JR直営の各部門ではなく、下請けで子会社や関連会社と思われ、JR社員が直接保守運用していた頃よりも、遥かに低賃金で同じ作業水準を要求しては、無理が生じた結果、インシデントが発生しているのが実情だろう。
人口減少時代とICT化により、運ぶ人がそもそも減る一方の斜陽産業かつ、上場企業の立場上、利益の最大化に努めなければならず、本業での収益増が見込めない以上、コストカットするか、副業に精を出す程度しか対処しようがないのは、今の日本社会を生き抜くサラリーマンの人生戦略に通じる部分がある。
その一環として現業職員に関しては、列車運行に直接関わる部門を除いて、外注化して人件費を抑制する方向に舵を切っており、その成れの果てが重大事故に繋がっている可能性を考えると、やはり杜撰な管理が人の命に関わる業種であることを自覚しているならば、それに見合うコストをかけるべきではないだろうか。
現場作業など、分業で誰にでも出来るルーチンワークなのだから、アルバイトに毛が生えたレベルの賃金で雇われて当然的な価値観のもとで、現業に従事した経験がある身からすれば、士気が低く作業そのものが投げやりとなっても、それ相応な賃金しか支払っていないのだから、外注化によって事故が増えたとしても因果応報ではないだろうか。
鉄道はシンボル。あらゆる事業の呼び水になっている。
さて、これまでコストカットに関して記したため、これからもう一点の副業に関して思うところを記して、本業を蔑ろにしていないか?的な問いかけで終わりにしたいと思う。
現在、JR東日本が力を入れているのは不動産事業、Suica事業の二本建てとなっており、営業利益ベースで見ると、これら非鉄道部門が過半以上を占めている。
それくらい鉄道部門はコロナ禍による運賃収入減に、固定費が重くのしかかり厳しい状況となっている。現に鉄道事業の赤字を、Suicaの会計基準を変更する形で埋め合わせた23年3月期決算が一時、物議を醸したのは記憶に新しい。
先行きが決して明るくない鉄道部門は、設備のスリム化と称したコストカットで徐々に縮小させていき、非鉄道部門で採算を合わせていきたい意図は、IR資料を見て取れる。
高輪ゲートウェイの再開発事業や、Suicaを活用した金融サービスの展開を軸にしつつ、MaaSへの投資で成長機会を狙う。株主を納得させる説明としては妥当だろう。
しかし不動産にしても、Suicaにしても、本業の鉄道事業が滞りなく運営できて、初めてシナジーを発揮する大前提を、経営陣が忘れているように思えてならない。
銚子電鉄の株主総会で、売上の8割が食品事業で、鉄道事業が足を引っ張っていることから、「鉄道やめたら?」と提案があったのは記憶に新しい。
しかし、主力商品である「ぬれ煎餅」が売れているのは、「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。」という2006年にある種のムーブメントを巻き起こした、地方鉄道経営の切実さが多くの人の心を掴み、応援したいと思わせたからであり、鉄道事業をやめて、電車修理代を稼ぐ口実が無くなれば、ぬれ煎餅が今ほど売れなくなってしまうだろう。
鉄道がシンボル的存在で、あらゆる事業の呼び水になっているのだから、例え上場企業であっても、採算が合わないからとコストカットに励み、その根幹である安全を揺るがしてしまえば社会的信用を失い、全ての事業にマイナスの影響が出るだろう。
だからこそ、鉄道会社は本業を蔑ろにしてはいけないと、これからも元業界人として、ことある毎に強く主張していきたい。