通りすがりのトートバッグに幸せを願われて

なんかよくあるじゃないですか、よく読むとめっちゃ人の幸せを願っているトートバッグ。
「You make me happy」「have a good day 」「I hope you smile everyday」など、やたら明るくてまあまあ長いフレーズがトートバッグのど真ん中にデザインされている、あれです。

トートバッグに限らず、布でできた日用雑貨にはなぜかポジティブなメッセージが書かれていることが多い。
現に私がダイソーで買ったランドリーボックスには謎に「Enjoy！」とデカデカと書かれているし、今見かけたサコッシュには「The joy of discovery is the single (改行)most important thing in life 」というツッコミどころ満載なおもしろ英文が書かれていた。おそらく、そのサコッシュを身につけることによって何かをエンパワメントしたかったのだろう。往々にしてこういう飾り的な英文は成立していなくて意味が読めないのだけど、すくなくともネガティブなことは言っていないことだけはわかる。

「ここさみしーから、なんとなくかっこよさげな英文入れとこーぜホイ」的なテンションで入れられたのだろう、そういう謎に心優しい英文をありがたく拝読するのが、実は私の一種の趣味でもある。

だって、無条件に誰かの幸せを願えることって、正直すごいじゃないですか。うれしいじゃないですか、たとえトートバッグでも。

人間は無条件に、しかも通りすがりの人たちすべての幸せを祈る余裕なんてないんですよ。だから、ありがたく布製品のメッセージを頂戴するわけです。大体、どこか違和感のある英文が書かれているわけですが、そこも含めて愛おしく思えるわけで。

今日もひとつ、心優しいメッセージのトートバッグを見かけた。
持ち主はギンガムチェックのズボンに黒いTシャツを着た中学生か高校生の女の子だった。彼女が肩から下げていたトートバッグに、赤文字で「今日のあなたに、今までの人生でいちばんすばらしいハッピーなことが起こりますように」(今思い出せるのはgreatest things in your lifeというキーワード)という趣旨の英文が書かれていたのだ。
私はもちろん丁寧に読ませていただき、「こんなくどい言い方、多分ネイティブはしないだろうなあ」といやらしいツッコミを心の中でしながら、その通りすがりのありがたいメッセージを受け取っていた。

greatest thingsトートバッグを下げたその子の隣に、途中で父親×娘2人がやってきた。父親は白髪混じりの綺麗なおでこを出している推定50代、娘はまだ小学生か中学生といったところだろうか。娘はおでかけ用の帽子を被っており、なんとなく好感のもてる親子だった。

ところが、greatest thingsトートバッグの彼女の隣の座席は2人分しか空いていない。さすが父親が、無意識に娘2人を先に座らせる。

するとその瞬間、隣に座っていたgreatest thingsトートバッグの彼女がさっと立ち上がり、席を譲ったのだ。
父親は「いやいや！僕はいいのでどうぞ気にせず座っていてください」というジェスチャーを送る。(マスク時代なので)
しかしその子はジェスチャーを笑顔で交わしながら、足早に立ち上がってドアの近くまで移動したのだ。申し訳なさそうに父親が子供の横に座り、目尻にシワのよった温かい笑顔を浮かべながら足速の彼女の後ろ姿を見届けていた。

ものの5秒ほどの出来事だったのだが、私はなんだかとってもいいものを見た気がした。感じの良い父娘の親子と、感じのいいgreatest thingsトートバッグを持った彼女と。
ふだんはなんとも思わないワンシーンなはずが、あのトートバッグのおかげで印象的なものになってしまった。そしてこれはやはり、トートバッグのメッセージが関わっている気がしてならない。さすがにこの瞬間が「今までの人生でいちばんすばらしいハッピー」であるとは言い難いのだけど。

今これをカフェで書いているのだが、後ろでカップルが別れ話を繰り広げている。店内の雑音と混ざって詳しい話までは聞こえてこないが、「〜〜〜だから別れたくないんだよ！！！」「も〜〜〜〜〜〜、どうしたらいいの？」「もう本当に嫌、あああああああ」というやや癇癪気味な男性の声が聞こえている。
こんな駅前の狭いチェーンのカフェで別れ話を告げられたら、そりゃあやるせないよな、と思いながら今ここまで書いていたのだけども。

こういう人こそ、ぜひ街中に溢れるポジティブトートバッグを丁寧に読んで欲しいものだ。

おれたちトートバッグに祈られてるからよ、幸せを。
願われてるからよ、今日もいい1日になりますようにって。