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初夏、16円のジャム

ヤマモモの存在を知ったのは去年のことだった。

都内の交通量が多い道路の脇に赤い実のなる木があり、植木の仕事をしている恋人から「ヤマモモ」というのだと教えてもらった。実は食べられるとのことだった。

赤い実はよくよく見てみると小さな粒々からなっており、小さなビーズがギュッと集まっているような見た目をしている。大ぶりなイヤリングみたいだ。はじめて口にするヤマモモはみずみずしく、甘酸っぱかった。酸味の強さ、激しく鮮やかな赤色に、夏の訪れを想う。

調べてみるとヤマモモは大気汚染にも強く、だから交通量の多い道路のわきに植えられているのだとか。水やりもほとんどいらないらしい。丈夫で背丈が高いから、街路樹として採用されているんだそうだ。

こんなにも強いのに、加えて実が食べられるとはなんとありがたいことなんだろう。しかしほとんどの通行人はそのことを知らない。道に生えている果実だというと、みんなどのような顔をするだろう。たいていが道にそのまま落ちて潰されるか、鳥たちのご褒美になる。

ちなみにヤマモモの収穫時期は梅雨どきの2週間しかなく、痛みやすく日持ちもしないので、「幻の果実」と言われることもあるそうだ。おもしろいのは、ヤマモモには雄と雌の木があり、互いに近い場所に植えられていないと実をつくらないこと。木にも性別のようなものがあることは理科の時間に知っていたが、改めて生活の中で出会うとちょっとだけ感動する。ということはヤマモモの実は文字通り赤子、ということになる。

普段は土や葉っぱとは縁遠い生活を日々送っているものだから、こういう「人間がつくったわけではない営み」と接すると、不思議と生きている実感が湧いてくる。当たり前だが、地球には人間社会以外のコミュニティ、ロジックが存在している。私たちが立っている大地の下では今日も、私たちの知らないルールで動めく生き物たちがいる。

さて、そんなヤマモモの果実を今年はジャムにすることにした。家の近くの公道に、ぷりぷりで重たくなったヤマモモがなっていたのだ。今年もそんな季節かあと、まだ実になっているものから黒赤くなっているものを、感謝しながら20個ほどいただいた。




今日もクックパッドで調べてみると、もちろんヤマモモジャムのレシピも掲載されていた。

まず水でよく洗い、水気を拭き取る。続いて鍋に実を入れて、ヤマモモの頭が少し出るほどの水を入れ、数分沸かす。火に通しているとき、ヤマモモから、緑の山風の匂いがした。もうすぐ初夏も終わる。これが最後だと思って、鼻いっぱいに吸い込んだ。

ざるで湯を切って、少し冷やしてから中にある小さなタネをとる。やわらかく、グジュグジュになった実から、この世のものとは思えないほど真っ赤で美しい汁が出てきた。そのあまりの純度に、目がさめる。ずっと眺めておきたくなる美しさだった。やはり自然の発色に叶うものなどない。

タネを取り出したら可食部分を鍋に戻し、砂糖90グラムほどと一緒に火にかけ、20分ほど弱火でじっくり火にかける。木べらでまぜる。先ほどまで真っ赤な汁を出していた実が、だんだんと粘りを増して重たくなってくる。一瞬で砂糖が溶け、透明でとろとろな液体に変わっていく。自然は素直だなぁ、と思った。砂糖の中で、わざわざ「暑いのは嫌だ! 俺はまだ白いままでいる!」なんて叫んでいるやつなどいない。火にかけられたが最後、あとはその身に任せてただ溶けてゆくだけだ。

いちごよりも真っ赤

そうして出来上がったジャムは、これまたずっと愛でておきなくなるほど艶やかな赤色だった。どんな市販のいちごジャムでも、こんな色は作れないだろう。材料は砂糖とヤマモモだけ。余計なものは一切入っていない。何より材料費の安さ。ヤマモモは拾ってきたから、かかった経費は砂糖90gぶん、およそ16円だ。16円のジャム。

ジャムは今朝、ヨーグルトと食パンに塗って食べた。一晩冷蔵庫で寝かせたジャムは、昨日よりも酸味が少しだけ増し、実に素晴らしい甘酸っぱさだった。

やっぱり、本当に楽しいことは基本的にお金がかからない。そして豊かだ。

お金を稼いでじゃぶじゃぶ使うリッチな楽しさもあると思うけれど、私の場合はやはりこういう、地味な楽しさの方が好きだ。日々の暮らしの身近にあるものの、あまり知られていないものを自分で見つけたり、つくったり、工夫したりして自由研究的に手を動かす。その喜びは、忙しいように見えて実は暇をしている現代人の、スッと空いた隙間や虚しさを埋めてくれる。

今年の夏はスカートを自分でつくる、という目標もある。来週は隣街の布屋さんにいく予定だ。
作れたら、またここに報告したいと思う。


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