見出し画像

町中華を好きなのは。

「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。」

という鮮烈なフレーズは、敬愛する人生の師匠・吉本ばななの言わずと知れた代表作、『キッチン』の冒頭を飾る1文だ。主人公のみかげは親も親戚もいない料理好きの少女だが、そんなひとりぼっちの彼女が唯一心安らげる場所がこの台所なのだ。
汚くても綺麗でもいい、なるべく広く、なるべく冷えた台所で息途絶えることができたならどんなに素敵だろう…うっとり夢見るほどに台所好きなみかげにはさすがに負けてしまうが、私がこの世でいちばん好きな場所は、おそらく町中華だと思う。



どんな町にも必ず1店舗はある、昔ながらの町中華。
油ギッシュで、壁を見ないとメニューがわからなくて、客にはおじさんしかいなくて、私のような若い女が暖簾をくぐるにはいささか勇気が必要な町中華が、私は好きだ。

町中華を好きな理由は人それぞれだ。
安い・うまい・はやいの3点セットが良いと答える人もいれば、町中華で酒を飲むのが好きだという人もいるし、中華料理は好きじゃないけど年季の入った建物を見るのが好き、という人もいた。

私が町中華を好きな理由はたくさんあるけれど、いちばんにはそこにいる人が好き、というのが大きい気がする。町中華に求めてやってくる人の、人生や生活に少々疲れてやつれている感じが好き。町中華が好きという人も好き。そして何より、町中華を営んでいる人、お店の人たちが好き。

中華マニアにはよく、「中華料理に行ったら〜〜を食べる」と決めている人たちがいる。レバニラを必ず注文して、ニラがシャキシャキしていたらその店は良い、というように、特定の料理を食べて判断する人が多い。
私の場合、そこが良い店かを判断するのはまず人だ。例えばお店に入ってすぐ、どれだけ忙しくても元気よく店員さんが笑顔で出迎えてくれるところはまず第一関門をクリアしている。それに連れて、厨房のおじさん(大将)がおおきな声で挨拶してくれるのはなかなかに良い店だ。

料理を待っている間、そこから厨房に視線を移して観察するのも楽しい。厨房で、料理人たちが忙しくも楽しそうに働いている店は見ているこちらが楽しくなるし、エネルギーをもらえる。さらに厨房の小道具やステンレスの棚や机がピカピカに磨き込まれていたら、そこは間違いなく当たりの店だ。誠実にお店をやっているという証拠だ。

中華料理はなんでも好きだが、どこに行っても私は大体同じメニューを食べる。チャーハンかラーメン餃子。たまに麻婆茄子やジャージャー麺を頼む時もある。でもお腹が空いている時に食べたくなるのはやはり、そのオーソドックスなチャーハンとラーメンと餃子なのだ。お皿にきちんと店のロゴが入ったものを使っているのか、餃子の焼き加減や大きさはちょうどいいか、チャーハンはパラパラ系かしっとり系か、具に面白いものは入っているか、などを見るのも楽しい。

ふと辺りを見渡してみて、店に来ている人を眺めるのもおもしろい。
町中華に来ている(たいていは)おじさんたちの大きな背中や疲れた顔には、なんとも言えない人生の疲労感が漂っている。サッと食べて足速に出ていくビジネスマンなども、昼休みの休憩時間だけは緊張が緩んだ表情で目の前のチャーハンを胃に駆け込んでいるのもまた良い。

町中華に行くと、他のどの飲食店よりも「ここは人がエネルギーをチャージするための補給所なのだ」というのを強く感じさせられる。どうしようもない日々に疲れてヨレヨレになった人間たちが、安くて熱いラーメンやチャーハンを無心になって素早く食べ、昼休憩が終わる頃には目もシャキッと切り替わって颯爽と店を出ていく一連の流れ。まさに、「英気を養う」というのがふさわしい場所だ。
そのようなお昼の数十分のエネルギーチャージの時間に、お店の人たちは必死に自らのエネルギーを客に与え続けているように見える。お店の人たちがてきぱき動き、声だけでも元気よく挨拶したり注文を取ってくれる、そのすべての働きざまこそが、疲れたすべての人々の心を知らないうちに癒してくれていると思う。

だから町中華に行った後は、不思議と体のエネルギーが回復していることが多い。お腹も満たされるけど、それ以上に心や体力が満たされるのだ。
少々乱暴でむさくるしい、しかし命に直結した感じのするあの食事は町中華でしか体験できないのではないのだろうか。

自分が食べるのと同じくらい、他人が中華で英気を養っているのを見るのが好きだ。あの空間にいるだけでエネルギーがチャージされるから。現代の社会を生き抜く人々の、暗くて地味だが図太いオアシスを見ているような気持ちになれるから。

餃子の王将でジャンキーに食べるラーメンチャーハンセットも大好きだけれど、ちゃんと定期的に町中華には足を運んでずっと応援していきたいと思う。効率化と安さだけを追求されたチェーン店では決して回復されない何かが町中華にはある。そんなエネルギーの補給所が町からなくなるのは本当に怖い。

今日も今日とて、隣町にある噂の町中華に行ってた。
店員さんは厨房のおじさんもみんな元気良いし、机も椅子も古かったけどピカピカに磨き込まれて使っているタイプの最高な町中華だった。元気出た。明日もがんばろうと思う。

小娘が入るには勇気がいる系町中華
ここのチャーハン、かまぼことほうれん草入っててすごくカラフルでした。
ラーメンのめんまには甘じょっぱい味がついていた。総じて最高でした。

最後まで読んでくださりありがとうございます。 いいね、とってもとっても嬉しいです!