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夜は短し、SNSに載せない時間を過ごせよ乙女

『夜は短し歩けよ乙女』の著者、森見登美彦ではない。誰だっけ、どこかで誰かが言っているのをみたことがある。

「SNSにアップできない夜をいくつ過ごしたかで、その人の人生の深みが決まるんだよ」と。

うろ覚えなので、細かいニュアンスはちがうかもしれない。

ふりかえってみると、客観的に見て「たのしそうな」夜はいくらでもあった。

男女を含めた大勢で集まり、大衆居酒屋を転々としながら朝までお酒をのんで、さわいで、吐いて、歌って、くたくたになって始発で帰る。絵に描いたような「大学生」を演じきっていた、コロナ前の夜。3本の指に収まるくらいに数少ない大学の後輩と、KPOPのMVがガンガンに流れている韓国料理屋で、ミーハーなチーズタッカルビをたべたり。十五夜のお月見シーズンには、当時住んでいた寮の友達と共用キッチンできなこ餅を作り、寮の前のおおきな公園で餅を食べながら月を見上げていた夜もある。

でもそういう、はたから見て「たのしそうな」夜に限って私は目の前のことをたのしむよりもまず、必死に写真をとり、必死になってSNSに投稿していたような気がする。
まるで自分がたのしんでいることを、誰かに証明しないといけないかのように。そんな夜を過ごせている「社交性」を持った自分を、誰かに認めてもらうかのように。

たまに来る「たのしそうな夜」は、「この人も相応の交友関係を持っていて、大丈夫な人だ」というお墨付きを誰かからもらえるチャンスだと思っていた。今思えば、「その誰かって、誰だよ。」と思うけど。
当時は、「友達もいなくて、何をしているかわからなくて、もちろん恋人もいなくて、遊び方を知らなそうな人」と思われるのが、なによりも怖かった。弱かった。

こんなことをふと思い出したのは、ついこのあいだ、SNSにはけっして載せない、すてきな夜を久しぶりに過ごしたからだ。

心なしか、最近はすてきな夜が本当に増えたような気がする。「すてきな夜」とは、SNSに載せたくない、誰かに見せるのではなく、自分の心の中だけでずっと輝かせておきたい夜のこと。

私の内面がすこしだけ成長したというのもあるけれど、コロナ禍に入ってから会う人が厳選されるようになったこともあると思う。それは意図的というよりかは結果論だ。このご時世でそれなりのリスクを背負って人と会うならば、「今会うべき人はだれか」という観点で慎重に人と会うようになった。人を選ぶとはおこがましい言い方だけれど、すごく簡単にいうと、そうだ。

そういう慎重な人との会いかたをしているうちに、SNSでわざわざ誰かに見せつける必要性を感じなくなった。写真を撮らずとも「いい夜だなあ」と心から思えることが多くなった。

「誰かに証明しなくても、お墨付きをもらわなくとも、この夜はいい夜で、私は心のそこから楽しめていて、この夜のことは決して忘れないだろう」と思える夜。
そんなうつくしい夜が、死ぬまでにあと何回訪れるだろう。

お酒がいい感じに入っているけれど、気を抜いたときに虚無に襲われることもない。話している時は、まるで一緒に歌を歌っているかのように会話のリズムや流れがぴったりと合う。その人との間にたくさんの化学反応が生まれて、そこから形のないプレゼントをたくさん受け取り、こちらも意図せず形のない贈り物を渡しあう。そんな目に見えないやりとりをしているうちに、相手の表情がどんどんきれいになって、お店を出た時にはどんな薄汚れた街でも空気がおいしく感じられる、そんな夜。いっしょに過ごした人の人生の、ちいさなちいさな分岐点に立ち会い、その瞬間のきらめきを目撃する夜。星のような夜。

あのきらめきは、写真に撮ったりどこかに投稿した瞬間に霞んでしまう気がする。SNSに投稿してはじめて光るのではない、まぎれもなくその夜が本物だからだ。心の底からたのしいのにあえて書かない。あえて言わない。その秘密を抱えている感じは、誰も知らない自分だけの宝石を抱えているような気持ちになる。自分だけが知っている、見えている、きらりと光る記憶。残像。

このあいだの私の「すてきな夜」の詳細も、ここには書かないことにした。
何度かは書こうとした。書けば輪郭がはっきりして、記憶のきらめきを掴んでおけるような気がしたから。でも上手く言葉にできなかった。
始発で帰った夜の帰り道、それはもはや明け方だったけれど、凍りそうなほどにつめたい風や空気がおいしくて、疲れているのに頭は冴えざえとして、空が明るくなってきたとき、雲の隙間に見た人工衛星か星かわからない光、友達の細かい表情、その人からもらった言葉を、何度も何度も頭の中で繰り返しながら歩いたこと。

忘れない、と思った。あの宝石のような夜のことを。

夜は短い。人生も短い。
ここには書かない、SNSに載せない時間を、たくさん過ごそう。
何を感じたか、どんな夜だったか。きらきらな夜の思い出は、きらきらであればこそ、あなたの胸の中にそっとしまっておけばいい。





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