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04.自分って何者か?③

久しぶりに新幹線に乗り、時間が出来ましたので。

前回は小学生時代の前半『担任いただいた先生との出会い』を書かせていただきました。
今回は小学生時代の後半『ラグビーとの出会い』に突入したいと思います。

②ラグビーとの出会い

私がラグビーというスポーツに出会ったのは、幼稚園卒園~小学校入学あたりだと記憶しています。
高校ラグビーの聖地である“東大阪市 花園”という町で育ったからには、避けては通れぬ道だったのでしょう。

一方で、花園に住んでおきながら、実は親・兄妹・親戚にラグビー経験者はおりませんでした。
では誰が私をラグビーの道へ誘導していったのか?
それは紛れもない『近所のおじ様たち』でした。

幼稚園時代から既に秀でた体の大きさであった私は、近所のおじ様たちからすれば期待の星だったのでしょう。
知らず知らずの間にラグビーの道へと誘導されていきました。

近所のおじさまに誘われ、布施ラグビースクールへ入部

そこからがキツかった…

↑で記載したように、めちゃくちゃ『甘えた坊主』だった私にラグビーなんて耐えられるわけもなく、毎日泣きながら引きずられて練習に行く日々。
今思えば、『甘えた坊主』を卒業させるための、父の作戦だったのかもしれませんね。
事実、この6年間を経て自分の中に『負けん気』や『根性』が芽生えたのは事実です。

でも、とりあえずめちゃくちゃにラグビーが嫌いでした。
今すぐにでもやめたい息子と、絶対にやめさせない父の仁義なき戦いでした。
毎週日曜日が本当に来てほしくなかったのを覚えています。

そんな戦いが6年間繰り広げられましたが、
いよいよ小学校卒業という、僕の中では『=ラグビーからの解放』という夢のような瞬間が間もなくに迫ってきました。

当時、バスケットボールにはまっていた私は、
『ラグビーは小学校卒業と共に絶対やめる。時代はバスケットボールや!』
とバスケ部に入る気満々でした。

そんな中、訪れた運命の出会い。

私の実家から小学校までは割と距離があり、その中間あたりに進学予定の中学校がありました。
小学校からの帰宅途中、進学予定の中学校前を歩いていると、
自分の目の前にコロコロコロ…と見たくもない楕円型のボールが転がってきました。
ボールを拾い、ぱっと見上げると、(別のスクールでしたが)ラグビーをやっている近所のお兄さんでした。
『おう、怜生。小学校からの帰りか! もうそろそろ卒業よな?
 中学入ったらラグビー部入るよな?』
『…はい。』
そんな形で僕のラグビー人生へのピリオド打ちは、更に延期されてしまったのでした。

今振り返れば、運命的な出会いであり、あそこで先輩と出会わなければ今の自分はないと思っています。
感謝です。

でも当時は、その時間にその道を歩いてしまったことを相当に悔やみました。。。

次は中学生編へ続きます。
(振り返りに少々飽きてきたところもありますので、ここで少し別の話題も入れるかもです!)

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