「地上燃焼試験」レポート【後編】
サムネイル 出典:(C)宇宙航空研究開発機構(JAXA)
前編に引き続き、ご注意
機密保持などの理由から試験の詳細はお話しできません。技術的な内容というより、少しでも宇宙を身近に感じもらうための体験記としてお楽しみください。
「地上燃焼試験」レポート【前編】はこちら↓
本記事で使用している一部の画像は、「JAXAデジタルアーカイブス」に収録されているものであり、JAXAの許可を得て掲載しています。
また、画像は地上燃焼試験を分かりやすく伝えるためのイメージとして掲載しており、本記事でご紹介している地上燃焼試験とは関係の無いものも含まれています。
試験現場の雰囲気
試験にはおよそ100名の作業者が関わっており、管制や制御、保安や記録などの班に分かれて、各々、職務を全うすべく作業に取り組んでいた。
全体で3週間ほどの試験期間中に、所属も立場も業務もそれぞれに違う人たちが「試験の無事成功」というひとつの目的に向かって一丸となって取り組む風景は、独特の一体感と仲間意識を芽生えさせるには十分な環境だった。
私自身の業務は、わずかばかりの集中力とコミュニケーション能力、大胆さがあれば、技術的には誰でもこなせる(リハーサルもあるので安心。リハーサルまでであれば何度だって失敗できる)ものであったが、周りにいる方々はその経歴から能力まで一級の人たちばかりである。
JAXAの会見でNHKの放送に出演するような方が普通に隣にいらっしゃる訳だが、東京大学を卒業して、衛星の運用プロジェクトなんかを実行していた経験をお持ちで、その経験談たるや何回飲み会をやっても聞ききれないだろうと思えた。
技術的にもコミュニケーション能力的にもレベルの高い、まさに業界トップクラスの方がゴロゴロいる中ではあったが、不思議と緊張感は無かった。
皆がひとつの目的を達成するために活動しているから、達成のためにはありとあらゆる手段を尽くす。そこには人間的なフォローも含まれていて、安心感がそこにはあったように思う。
人間味あふれる印象深い点を、2つあげようと思う。
①試験本番直前の「記念撮影」
何か記念すべき事柄の前に関係者が集まって記録写真を撮るのはよくあることだと思うが、まさにそれが行われた。
100名あまりの関係者がロケットを背景に写真撮影をするのだが、それぞれ担当する業務が違えば作業する場所も違うため、意外とひとつの同じ場所に集まる機会というのは多くない。
「もう少し中央に寄ってください!」や「○○さんの顔が見えません!」といった言葉が飛び交う風景は学生時代のそれと同じで、その後ろに数億円の物体が横たわっていて、これから行われる試験の意味、そしてその結果が遠からず我が国の国力に影響するものだとはにわかに信じがたい、ゆるい光景であった。
②「Go/No Go」で一喜一憂
ひとつ断わっておくが、「それはそうだ」なのである。
先にもお伝えした通り、日本トップクラスの人材が過密なスケジュールを縫って集まっているのである。試験場自体にも試験に適した「シーズン」というものがあるため、そのような時期は予約でいっぱいだ。
試験が1日延長されることのコストを考えると、Go(試験可)かNo Go(試験不可)かは皆が一番気になるところだ。とはいえ、現場では信頼性の高い風向き予測サイトに張り付いて、準備の進行状況に余裕があれば、ひたすら「やるのか?やらないのか?」を作業者同士で言い合っているのである。
最終的に「Go/No Go」は試験責任者が決めるのだが、私たちも実際に何回かの「No Go」を経験した。その度に「○○日までに帰れるかな?(飲み会があるから)」といった会話が飛び交っていたのは、重要な試験であっても「それを実行しているのは人間だ」という感じで親近感が湧いた。
このように、緊張感と人間らしさが同居する環境の中で試験の準備は着々と進んでいく。
試験本番
(以下、機密事項が多く写真がありません。豊かな想像力でイメージしてください)
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ヘッドセットを装着し、ヘルメット被る。
安全のために指定区域には進入してはいけない。
X(点火時刻)が近づくにつれて、集中力を上げていく。
所定のタイミングで計測機器の電源ON/OFFをコールする。
計測開始のスタート/ストップをコールする。
計測数値を読み上げる。
班のリーダーと視線を交わし、阿吽の呼吸をとる。
・・・非常停止ボタンは・・・押さない!
点火までのカウントダウンが計測室を駆け抜ける。
3、、、
2、、、
1、、、
0、、、
バッ、ゴォォォ~~~
点火の瞬間、雷が連続で鳴ったかのような轟音に包まれた。
実際の雷と違うのは、轟音が多少の地響きと共に低い位置、そう腰のあたりを這うように聞こえているということだ。
燃焼の雰囲気はテレビで見るロケット発射と全く変わらない。「本当に同じだ」というリアリティに妙に感心した後は、思っていたより粛々と進んでいく周りの状況に冷静さを取り戻す。
かくして燃焼は終わった。。。
えっ!?もう終わり?
準備や意気込みの量に対して、燃焼本番はあっさりというか、最早止められないので進むしかないといった若干の体育会系的思考で進んでいった。
燃焼の瞬間というのは監視用のカメラで撮影したものをリアルタイムでモニターできるが、私は計測データがグラフとなって右から左へと流れていくパソコンの画面を注視することが職務だったため、点火の瞬間は後に録画で見ることになった。
簡単に言えば火事である。
入念に巻いたアルミとガラス繊維の防燃材が、点火の閃光と衝撃のなか、剥がれ、舞い上がり、炎に包まれて、黒焦げになるのを眺めていた。
ロケットの飛翔に必要な、勢いのある噴射の時間は数百秒といったところで終わるのだが、その後も残った燃料が燃え続けたり、前述のように周囲のものに延焼したりと、黒い煤をともなったオレンジ色の炎がそこら中に散っていた。
しばらくすると保安要員である消火班が現場に出向き、消火活動を行う。
その終了と安全確認をもって我々は初めてロケットが横たわる現場への立ち入りが許可されるのだが、今回はこの消火に思いのほか時間がかかった。
というのも、風向きが微妙に変化したことで、本来は日本海側へまっすぐ飛んでいくような火の粉たちが試験場側へ舞い戻ってきてしまい、その辺に生えていた植物などを一部焼いてしまった。
消火班が右往左往するのを監視用のモニター越しに見ていた。
しばらくの後、立ち入り禁止が解かれロケットのそばまで行く事ができたが、日常では関わらないようなものが焼けた匂いが周囲に漂っていた。
防燃材があらゆるところに飛散し焼き尽くされていたため、我々が計測に使用した通信ケーブルなどの状態が心配だったが、幸いなことに思っていたより焼損はなかった。
感動的な出来事はその少しあとで、我々は燃焼が終わってから初めてロケットエンジンのノズル(の中)を見る事ができた。
点火直前まで、ロケットエンジンのノズルはカバーがかけられていた。損傷はもとより、湿度からも燃料を守っていたのである。
ノズルの形状や接続については高度な技術が使用されており、機密な部分も非常に多い。まさに門外不出。
しかし、それも今や丸焦げである。とはいえ、技術の最先端に最接近できたのは心躍る体験だった。
その後、同じ班で作業をしていたJAXAの方と個人的な記念撮影もさせていただいた。その写真は今も宝物だ。。。
片付けと撤収
現場の雰囲気は「お祭りのあと」と同じだ。
多少のトラブルはあっても、人的な損害は無し。
試験の無事成功という安堵感を感じながら、スケジュールという気配に背中を押され取得したデータの確認と整理、そして報告を行う。
それらがひと段落するまではロケットに触れてはいけないのだが、それらが終了すれば現場の片付けに入る。
並べた機材を輸送用の梱包箱へ丁寧に仕舞い、何本ものケーブルを巻取り束ねていく。
担当する業務ごとに片付けのスピードは違う。
約3週間、苦楽を共にし同じ空気を吸った仲間たちが少しずつ帰路につき、試験場の人気も少なくなっていく。
あの燃焼に熱狂した雰囲気も日本海から吹く風にさらわれ、少しずつその温度を落としていった。
その夜・・・
携わった作業班のメンバーで、「反省会」と呼称するささやかな食事会が開かれた。
和やかな雰囲気とはいえ、ミスの許されない仕事が山積していた試験場では話せなかったような話しをした。
どうして「宇宙」の仕事をするようになったのか。
これからどうしていきたいのか。
どうなっていくのか。
それぞれに意見を言い合い、冗談を言ったり励ましあったり。
ときに真面目なビジネスの話しも。
時間と体力が許す限り続いた「反省会」は、そこにいる人たちの「宇宙」に対する熱い思いの現れだったように思う。
こうして、能代市での地上燃焼試験な日々は終わりを告げた。
あとがき
前編後編に渡り、数分で読めてしまう内容であるが、日本国内でもあまり経験することのない「地上燃焼試験」の臨場感が少しでも伝わっていたら幸いだ。
そして、成長産業である宇宙業界に少しでも興味を持っていただけたら、この上ない喜びである。
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