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技術者としての「学芸員」

レンタル学芸員のはくらくです。先日、某所にいって民俗資料(わたしたちの身の回りの道具)の調査と整理をしておりました。ほこりを拭って、台帳と照合し、通し番号を入れて写真撮影、そして荷札をつける作業を、汗だくになりながら行っていたわけですが、ふと「わたしは休みの日に何をしているんだ……?」という気分に。学芸員の休日ってこんな感じですよね?違いますか?

先日、「学芸員」の専門性について、法令や採用のあり方から考えてみました。

今回はわたしが考える「学芸員」の専門性について、技術者と研究者という2つの側面から考えてみたいと思います。

学芸業務を行う上では、さまざまな知識や技術が求められます。資料の収集、保管、展示及び調査研究の活動において、それぞれどのような技術が求められるのか事例を挙げてみようと思います。

収集における技術

資料の収集を場合には、先立って収集しようとする資料の情報を調査するのが一般的です。事前調査時には、写真を撮影し、来歴を聞き取り、採寸や保存状態の確認などの作業が行われます。この段階においても、いくつかの技術・知識が必要になります。

博物館実習にいらっしゃる大学生の方などにお話を聞くと、ほとんどの方はカメラを持っていないようです。大学生に限らず、カメラを使ったことがないという人は少なくないのではないでしょうか。言うまでもなくスマートフォンが普及したためです。わたしも普段はiPhoneでしか写真を撮りません。

ただし、博物館等では、デジタル一眼レフなどを利用することも多いと思います。レンズと本体が一体となっているデジタルカメラを利用することもあるでしょうが、一眼レフを利用する場合には、感度やシャッター速度、絞りなどの調整を行う必要があるため、カメラに関する基礎的な知識は必須です。スマートフォンは、シャッターボタンを押すだけで、モノをきれいに鮮やかに記録してくれます。ですが、物事を記録するためには、先に挙げたような調整を行う必要があります。スマートフォンでも不可能ではありませんが、やはり撮影に特化して作られているカメラに比べれば、かなり操作しづらいと思います。

来歴の聞き取りはどうでしょうか。これはモノに関する情報を所有者の方などから聞き取る作業です。たとえば、身近な生活の道具(有形の民俗資料)であれば、どのように使うか、いつ頃まで使ったか、どんなタイミングで使うか、なんと呼ぶか、自ら作ったものか購入したものかなどを聞き取り、記録していきます。意思疎通ができ、あらかじめ聞き取りを行う項目を定めておけば、多くの人ができることだとは思いますが、事前の準備の際にはどうしても知識が必要になってきます。

採寸や保存状態の確認をする場合には、まず前提として資料の取り扱いの方法を心得ておく必要があります。たとえば、調査の対象がいわゆる掛け軸だった場合、それを取り扱って鑑賞できる状態にして確認を行う必要があります。刀剣であれば、さやから抜き、目釘を外し、柄をゆるめて外さなければ、銘を確認することはできません。美術工芸品だけではありません。博物館に収集されようとしているモノは、保存状態の良いものばかりではありません。たがの外れたオヒツから虫の食った古文書まで、さまざまなものを扱いますが、そのモノたちを損ねぬように扱うのも技術や経験が必要です。

保管における技術

資料を未来の人々が活用できるように保存していくためには、適切な方法で資料を保管し続けていく必要があります。温度が高ければ資料を損ねる虫たちの活動が活発になり、湿度が上がればカビが発生しやすくなります。乾燥していれば木材などは割れ、湿度の変化による収縮も資料にとってはダメージになります。

それ以外にも、博物館の資料が資料であるためには、その資料に関する情報が蓄積され、モノと結びつけられ、すぐに活用できる必要があります。寄贈に関する書類や、提供者や資料自体に関する台帳を整備し、収蔵庫のあるべき場所に資料を収めて置くこと。そんな資料それ自体とそれらの情報を管理する方法も、一般的だとは言えないのではないでしょうか。そして、そのメンテナンスには思いのほか、時間と労力がかかります。もちろんデジタル化も含め、進歩し続ける技術も取り入れながら考え、実施し続ける必要があります。

展示における技術

みなさんは博物館の展示がどのように作られていると思いますか? 企画を立て、流れを練り、配置場所を考える……展示のほとんどの行程に過多こそあれ学芸員はかかわっています。

資料の取り扱い方はもちろんですが、その過程にはいずれも技術が必要だと思います。これは館の規模にもよるんでしょうが、チラシやパンフレット、ポスターのデザインも行うことがあります(わたしはAdobeのillustratorで自分でやることが多いです)。キャプションも文章を書く、考えることも重要な仕事ですし、そのパネル自体も学芸員の手作りであることがあります。

学芸員は小器用な技術者である

ここまで学芸員がさまざまな仕事のなかで求められる技術について書いてきました。書いてみて思ったのは、学芸員には様々な技術や経験が求められるということです。少なくとも日本の小規模館の学芸員が置かれている環境においては、プロフェッショナルというよりも、小器用な技術者であることが求められているように思われます。

ここまで挙げてきたような小さな技は、必ずしも学芸員でなければ身につけられないものではありません。わたしは誰でも長年仕事にかかわっていれば、誰でも学芸業務ができると思っています。だからといって、「学芸員」に任用されるための資格が不要だとも思いません。学芸員任用資格は、博物館を対象にしたさまざまな知識を身に着け、小器用な技術者としての基礎を身につけるためのものだと考えています。

さて、今回はこのあたりで。「調査と研究」「学芸員と事務」については、別に書きたいと思います。