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「応援」することで、良いところをより多く見つけられる、自分事にできる

このノートを拝見して、私自身の「応援が好き」気質を感じました。

応援する、というか、応援を続けることで、その対象の良いところ、素晴らしいところ、可能性を発見する力がついてくるように思います。反面、ダメなところを見ない、気づかないようにしてしまうのは少し否めないのですが。とはいえ、です。世の中、人のイマイチなところを探すのに躍起になって、それを「それみたことか」とWebに投じてバズろうって考えているんじゃない?という人が多くなっているわけで、そんなことを考えると、この人たち、このチームには、こんな素敵なところがあるんです、だから、

応援しているんです!

というのは、とても愉快なことだと思うのです。

「人を褒める」というのは「ある対象の良いところを探す能力」と密接に関係する。「ある対象の良いところを探す能力」というのは、人生を生きていくうえでとても大切なことだ。

https://umedamochio.hatenadiary.org/entry/20070317/p1

梅田望夫さんの上の文「人を褒める」という個所は、「人を応援する」と読み替えることも出来ます。良いところを探す能力を高めよう、なんて意思をもって誰かを応援するってことは無いと思いますが、応援し続けることで結果としてそんな能力が備わることがあると私は思います。

https://note.mu/renny/n/nded442b01d68

応援し続けることで「ゲン担ぎ」が増えていく、これってドンドン自分事になっているのかな、と感じたりします。飛田給駅でどの扉から降車しようが、どっち側の階段を使おうが、ランチに何を食べようが、私のそんな行動がFC東京の試合結果とは何の関係もありません。でも、ゲンを担いでしまいます。一つ忘れたら気になります。応援する対象をそんな風に見ることで、それは錯覚のようなものでもあるのは分かっていても、勝てば何だか達成感が生まれたり、負ければ悔しくて堪らないという感情がうまれたり、自分には何もできていないんだけど、自分事になっている。上手くいかないことが続いたら、好いことばかりが続くことはないけど、悪いことばかりでもないはず、って事態の好転を信じる。

何か心から応援できる対象があることは幸せなことなんだと思います。


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