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【資本主義のアップデートについて考えるAC】投資家のOSをアップデート!というBig Hairy Audacious Goal - BHAG

資本主義のアップデートについて考えるアドベントカレンダー、12月12日を担当させていただきます。

現在の資本主義に課題があることについては、政府の発信した「新しい資本主義」をはじめ、様々な観点で議論がなされるようになってきています。
書籍やメディア記事でもたくさん議論され、インパクトを志としたスタートアップなどもたくさんでてきていますが、各自が「独自の目線」で理想の資本主義を語っても、社会を変える大きな潮流は生まれません。
色んな考えの人がいますが、「資本主義を変えると社会はよりよく変われるんじゃないか」という、思いは同じなはず。
一度、「資本主義のアップデートを考える」というテーマで、色々な方の情報発信を集約することで、何か大きなムーブメントを起こせないかな、ということで「アドカレ」という形でやってみます!

はじめまして、の方もいらっしゃると思います。自己紹介させてください。

投資家、rennyと申します。

私は、普段は会社員として働いておりながら、投資家として活動、発信しています。専業の投資家ではありませんが、毎月着実に少しずつ株式の購入を行う積立投資を20年間続けてきました。どんな投資をしているのかは、こちら をご覧ください。

今回、ご縁がありまして、このアドカレに参加させていただくことになりました。メンバーの皆様を見渡すと、非常に素晴らしく、豪華な方々ばかりだと感じています。その中に私も加えていただき、心から光栄に思います。アドカレの発起人である中村研太さん、清水大吾さんに、厚くお礼申し上げます。

では、本題に入ります。


資本主義のアップデート。

このお題から思い浮かんだのがOS(オペレーティングシステム)です。スマホなら結構頻繁にアップデートされますよね、OSって。

資本主義のアップデートも、それに関わるOSのアップデートが必要だよね、と。

資本主義において最も重要な意思決定、行動の一つが「投資」ではないでしょうか。したがって「投資」のためのOSをアップデートすることが、資本主義のアップデートを促すことになる。

「投資」のためのOSをアップデートすることが、資本主義のアップデートを促す

出発点はこの仮説です。

「投資」のOSをどのようにアップデートすべきなのか、それをここから考えてみます。

投資と聞いてどんな動詞を連想しますか?

最初にお尋ねしたい問いが

投資と聞いてどんな動詞を連想しますか?

です。

いかがでしょうか。

「ふやす」を思い浮かべた方はいらっしゃいますか。

以前の、数年前までの私が真っ先に連想していたのは「(お金を)ふやす」でした。

しかし、これは間違いだと気づきました。

投資はお金を減らす行為だからです。ここでいうお金は現金です。お金を減らして別の資産に替える。これが投資です。

たとえば株式に投資することはこのように表現できます。

(借方)株式 / 現金(貸方)

自宅マンションを取得したらこうなりますね。

(借方)自宅マンション / 現金 (貸方)
            / 借入金(貸方)

この簿記での仕訳からも明らかです。でもそれなのに、投資と聞くと「ふやす」を連想してしまうのではありませんか。とりわけ上場株式や投資信託は毎営業日、残高が数値で表示されます。

だから、株式や受益権の時価がお金に見えてしまう。そして、さらに言えば、お金に囚われ過ぎているから、そんな連想から抜け出せないのかもしれません。

投資の際に用いられる「資」は必ずしもお金とは限りません。時間やスキル、技術
、想いや情熱もあり得るでしょう。スキルや想い等は投じたからといって減るわけではありませんが、時間はお金同様減っていきますね。

一方で上の仕訳のように「へらす」と捉えるのも目線がお金になっています。これも同じくお金に囚われ過ぎているものと感じます。

何か資産を得るために投資する。その際、何を考えますか。その意思決定の際に想像することは何ですか。

投資と聞いて連想してみると良さそうな動詞は「活かす」ではないでしょうか。

お金と交換に手にした資産で何を実現したいのか。その目的を実現するにはその資産を上手く「活かす」ことが必要なことがほとんどでしょう。

OSをアップデートしなきゃダメなんだ、そう思いました。

「投資でお金をふやしたいOS」から、「投資でお金を活かしたいOS」へのアップデートが、資本主義のアップデートを実現させる。これが僕の考えです。

「投資でお金を活かしたいOS」へのアップデートがプロセスへの関心、注意を高め、ショートターミズムを減衰させる?


「ふやす」というのは、結果に注目して考えることだと思います。一方、「活かす」というのはプロセスに注目する考え方です。

価値が増えるか否か、それはプロセスに依存しています。そもそも、株式投資においては、「ふやす」という考え方は少し変かもしれません(ただし、投機的な取引なら「ふやす」なのでしょう)。資本が活かされてこそ価値が増大するわけですから。

「投資でお金を活かしたいOS」にアップデートすることで、価値創造や実現のプロセスへの関心が高まります。どんな人がどんな想いで取り組んでいるのかに関心を持つことが、会社の業績や数値への関心と同じくらい高まってくるのではないかと思います。

ショートターミズムが滅ぶことは無いと思いますが、その勢いをいくらか減衰させることが可能かもしれません。

「投資でお金を活かしたいOS」へのアップデートが参加意識を高める?

先日、映画「ゴジラ-1.0」を観ました。物語の舞台は太平洋戦争の終わりから戦後直後の時代です。東京を襲うゴジラに立ち向かおうとする人々の話です。ゴジラを倒すには、人々の情熱とそこから生まれる知恵やアイデアが必要でした。たとえお金が十分にあったとしても、それを活かしてゴジラを倒すことができたでしょうか。お金があっても知恵、アイデアがイケてなかったらアウト。つまり、お金だけでは問題を解決することはできないのです。

ゴジラに立ち向かうチームを結成する際の様子が描かれています。その場面で何人もの人がチームに加わることを拒否、そこから立ち去ります。様々な事情が述べられ、それを否定することはできません。結局のところ、それに立ち向かおうとする意思が有るか無いか、それが全てを決していました。

お金をどう活かすか。それを考える回数が増えればそのセンスは磨かれていくものと思います。その前に「参加する」という意思、行動が必須です。

「投資でお金活かしたいOS」なら、さまざまな課題を自分ゴトとして捉えたり、そこに参加している意識を持てたりするようになるものと思います。

東インド会社の目的は「お金儲け」だったのか

ちょっと話を飛躍させて時を戻します。

資本主義を支える重要な要素の一つは、株式会社です。株式会社を通じて、多額の資金を調達して大規模な事業活動が可能になりました。また、株式会社によって、一人の投資家がさまざまな事業に関与、参画できるようになりました。

株式会社のルーツとされる東インド会社について、時々考えます。それが目論んでいたことは、未知の世界に飛び出し新しいものを得ること。お金儲けよりも重要視されていたのは、その志に興味を寄せる仲間を集めることだったのではないか、と。しかしそれが結果的に、大きな利益をもたらしたことから、お金儲けの側に重心がドンドンと移動していったのではないか。そんな妄想をしています。

会社は誰のものか。これも、もしかしたら、おかしな問いなのかもしれない。

株式を持つことは、所有ではなく参加なのでは、と。所有権ではなく参加券。権利ではなくチケット。こうした認識を、「投資でお金を活かしたいOS」の中に埋め込む必要があるかもしれません。オーナーというよりもパートナー。その認識がもっとたくさんあっても良いのでは、と。

パーパスへの注目が高まっているのも、この文脈であれば説得力を増すように思います。

先日、IR系アドベントカレンダーに寄稿させていただいた趣旨もこの考えに通じています。こちらも覗いてくださると嬉しいです。

「今だけ、自分だけ」の限界

「投資でお金をふやしたいOS」 のお話です。このOSの関心の矢印は「今だけ、自分だけ」に向けられているように思います。自分の資産の残高に関心を向けるばかりで、その資産の向こうにある会社や人、そこで取り組まれている事業、課題解決には何ら興味を寄せない。働いている人たちへの敬意や感謝はほぼ見られない。残高の数値にしか興味がない。

インデックスファンド、パッシブ運用を選好する人たちの発信の多くから、次のような世界観を目にします。

人間の欲望は留まることを知らない。だから、世界経済は成長する。だから、世界中の会社、数千社に時価総額の順番に分散投資するのが最適な資本配分だ、という世界観です。

違うと思うんです、僕は。

ゴジラのような大きな課題が次々の押し寄せてくる。そんな巨大な課題(地球環境問題はゴジラ級だと感じています)をどうすれば克服することができるか。それに知恵を絞り、解決策を講じる。その課題解決こそが経済です。課題を自分ゴトにして解決に参加する。これが資本を「活かす」ことにつながります。時価総額の順番に分散投資で、本当に資本は活かされるのだろうか。特に、そこに夥しい数の「投資でお金をふやしたいOS」が作動していたら、、、

あらためて考えてみると、日本は巨額の資産・資本を持つようになりました。でも、不安、不満も減るどころか、増えるばかりです。それを支えてきたのが「投資でお金をふやしたいOS」そして「お金を貯めまくって積み上げたいOS」ではないでしょうか。そしてそのベースには「今だけ、自分だけ」という考えが透けて見えます。

このアドベントカレンダーにご登板された渡辺裕子さんの記事。この中で渋沢栄一の『論語と算盤』に絡めてこんな指摘をされていました。

ここでいう「道徳的な商売」は、「儲けに走り過ぎてはいけませんよね」などといって利益の一部をCSRに充てるようなショボい話ではなく、もっと大きなスケールで事業をつくり、算盤勘定する話なのだろう。

実に痛快だったのは、この箇所です。

最近では「資本主義の限界」などというが、ただ手段と目的が混同され、「算盤だけのヤツ」が大挙して目先の利益に走っているだけのようにも見える。

「算盤だけのヤツ」とは、まさに「今だけ、自分だけ」だと捉えました。

「今だけ、自分だけ」から、時間、空間を広げて、自分の資本(必ずしもお金とは限らない)を地球や社会のためにどう活かすべきなのか。どう活かしてどんな未来を想像するのか。

そんな「投資でお金を活かしたいOS」が資本主義を変える。

「投資でお金をふやしたいOS」の数は世界中に膨大な数、存在しているのは明らか。これをアップデートするのは壮大な作業です。

しかし、取り組むべき価値のある Big Hairy Audacious Goal - BHAG (from ビジョナリー・カンパニー)ではないでしょうか。

まず、考えてみてください。あなたが投資している会社を眺めてみて、自分のお金は上手く活用できているか、と。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!


明日、12月13日のアドベントカレンダーは 浜辺真紀子さん(浜辺真紀子事務所 代表)プロフィール がご登板の予定です。楽しみですね。

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