【後編】★『投資本に加えてこの一冊』〜家族で向き合う“資産のベースメント”★
★法定相続で問題なし?〜算数の世界と人間の世界
「つたない民法の知識からの発言で恐縮なのですが、相続には法定相続分というものがありますよね。
例えばお父さんが亡くなられて、相続人が3人兄弟に奥さんなら、
『奥さん=1/2、兄弟・各1/6、1/6、1/6』
となった様な……合ってますか?」
「それで正解ですよ(笑い)」
「ありがとうございます。
とすると、“どうせ配分は決まっているのだから、わざわざ対処する必要はないのではないか”という考えもあり得ると思われますが、その辺はいかがでしょうか?」
「テクニカルな点では、生前対策だからこそ打てる手があるというのがあります。ただ、それ以上に、法定相続での解決というのは、スッと行かない場合の方が多いですね」
「トラブルになってしまう事が多いということですか?」
「それもありますし、裁判にまでは至らなくても、納得のいっていない人が出てくるケースが多いです」
「それはどうしてでしょう?」
「法定相続分と家族の実態がズレているからですね」
「相続法は、家族の実態に応じた配分を定めているものではないのですか?」
「法定相続というのは、要は『立場で比率を定めて、頭数で割る』言うなれば算数の世界ですから」
「なるほど」
「人間の世界はもう少しファジーな分配が望ましいですし、それは生前対策で適切な手を打つことによって調整ができます」
✦あんなにやったのに〜
「“実態が正しく反映されていない”というのはどの様な場合ですか?」
「教科書事例的に挙げますと、
『長男が田舎に残って、実家で両親の老後の面倒を看ていた。
残りの兄弟たちは東京に出て、まぁ、都会生活を満喫していた』
としましょう。
法定相続に従えば、土地・家も財産も兄弟で“均等に3分割”という事になるわけです」
「なるほど、それではこの場合の長男は納得いきませんね。“なんだかなぁ”ってなると思います」
「そうならない様にするためには、例えば『長男が両親の老後の面倒をちゃんと看る代わりに、相続分は4/5を承継する』といった具合に、大きなプランをみんなで立てて、大筋の合意を形成しておけば良いわけです」
「それを遺言などで定めておくのですね」
「そうです。厳密に言えば“遺留分”という難しい問題もありますが、それによってかなりのトラブルを防ぐ事ができると思いますよ」
「先ほどおっしゃられていた感情面の観点からも良さそうですね」
「そういう事ですね」
✦適切に切り分ける〜
「もう少しテクニカルな話ですと、『土地・家の共有を避ける』というのはありますよね。具体的には遺言による調整という手法を取るわけですが」
「不動産を共有するとトラブる……、法学部時代に学びました(笑い)」
「実際多いんですよね(苦笑)。ただ、問題になる原因は喧嘩ばかりでもないんですよ。3つめの分類になりますが、相続財産の価値の見方として、『経済面/人生観』という分け方もあります」
「人生観ですか?」
「“もっとよこせ”と言ってもめる以外にも、人生観によって意見の分かれるケースもあるんですね。想い出のある家屋だから残したいと思う人もいれば、これからの生活を重視して売却処分したいと考える人もいるわけです」
「共有だと、『残すか・手を加えるか・処分するか』そういう時、みんなの意見を一つにしないといけませんよね」
「何でも均質に分割してしまう法定相続分だと、土地でも家でも自然と共有になってしまうので、遺言などによって帰属先を分けておくこともできるわけです。意見の衝突の機会を減らすために、予め適切に切り分けておくというイメージです。
この種の事案の具体的な解決例を挙げますと、『長男には経営権を渡す代わりに、次女には金銭を』とか、『次男は田舎の土地・家を譲り受けて、姉は残りの財産を』などといった調整が考えられます。
またそれらは、時や状況に応じて変わって行ったりもします。
例えばコロナ渦では、都会での暮らしが必ずしも最善とは限らないと、何年か後になって考えを変える方もおられるかも知れません。
そういう流れからは、地方の不動産の価値の見直しなんかも、これから起こってくると思います」
「“一回決めたから解決”とも限らないのですね」
「ですから、継続的に話し合いをしていくことが大切なんです」
「お子さんが、そして親御さんが、これからのことをどの様に考えているか、どういう風に生きたいのか。そういう人生観の違いや変遷なども踏まえて、法定相続の数学的配分よりも、家族の実態や人生観に合った配分を目指そうというわけですね」
「まさしくそういう事だと思います。これまでの整理がてら申しますと、
・まずは“視える化”すること
・その客観的状況を、データとして当事者で共有する
・それを基に、将来ビジョンを時間をかけて話し合い
・最終的な結論を出す
というのが理想的な流れだと思います」
「とてもよく分かりました」
★資産運用のベースメント〜家族で守り、家族で攻める
「相続というのは、資産家と言いますか、やはりお金持ちだけの問題なのでしょうか?」
「そんな事はないと思いますよ。
例えばコロナとの関係で見ましても、物価高や、業種によっては大変な不景気、ますます見込まれる雇用の流動化など、先行きに不安を持たれている方は多いと思われます。一族の資産というのは、それによって家族の構成員を守るものでもありますよね。特に不動産は、金銭的価値のみならず、生活においても安定をもたらす資産ですから。
それらをなるべく目減りさせることなく、最大限に有効に活用できる様に、法律関係も含めて整えておくことはこれから重要になって来ると思います」
「『危機の時代を家族で乗り切る』という発想ですね」
「それが、言うなれば“守りのベースメント”だと思います。
『家族で、一つになって、一族の財産を最有効活用する』
それが結果的には、家族の居場所を守ることにも繋がるわけです。
これは悪い例で恐縮ですが、共有になった土地の権利関係でもめたりしていると、その土地は活用できませんよね。もめている期間中は塩漬けになってしまいます。紛争というのはもちろん、感情面的にも最悪のケースですが、資産運用の観点から見ても極めて非効率だと言えます」
「平穏な相続が、投資の基礎になるとも言えそうですね」
「より積極的には、生前の内から相続税対策なども考慮に入れて、資産その物の価値を増やしていこうとされる方もいます。地主さんなどがその典型なのですが。単なる更地だった所に、融資を受けて立派な上モノを建てるんですね。予め投資して付加価値を高めておき、負債の分だけ相続税を減らし、後から収益で回収していくという発想です。
相続対策をしなければ、3代目になるころには、相続税がかからなくなるくらいに資産が減ってしまいますから。」
「“攻めのベースメント”ですね」
「そうです。そこには、攻めながら“大事に遺して行こう”という思いもありますよね。これまでも、先祖代々守られてきたものですから」
「なるほど」
「そうやって建てた賃貸物件を長男に管理させたりとか、お子さんが若い頃から一族の資産の運用を熱心に話し合われたりとか、家族を巻き込んで一族財産の運用をされている方も、数は少ないですが私たちのクライアントの中にもいらっしゃいます」
「お子さんの方からすると、早い段階から投資リテラシーを、しかも身近な事柄で身につけられそうですね」
「野咲さんも先ほどおっしゃられていた様に個人的な投資のブームというのはありますが、“家族で一族の資産を運用する”という動きにはまだ至っていません。一方で相続というのは、総じて見れば年間60兆円という規模の資産承継なんですね」
「そんなに大きな額なんですか!」
「そうなんです。しかも、その件数も額も、年々増えて行っています。人口動態からも明らかな様に、この傾向は当分の間は続くことになるでしょう。
それ程の規模の資産が、トラブル回避も含めて十分に適切な対処をされていないという現状があります。私たち専門家としても、そうした状況は変えて行かなければいけないと思っています」
★どこからがプロの出番?
「資産もある程度までは正確に把握し、家族でコミュニケーションが取れる様になったとしても、どこかでやはり、専門家の力は借りる事になるかと思います。実際に相談に行くとしたら、どのタイミングが良いと思われますか?」
「チャート作りのところでも述べました通り、やはり早い方が良いですね」
「例えば父が病気になってしまったとか、相続が生じそうな状況になくても相談はできますか?」
「具体的な対策を考える手前の、単なるご相談も私たちはお受けしています。先の例にも挙げました『家族が地方と都心で分かれて暮らしている』とか、そうした場合には先々どういった事に対策が必要になりそうかをアドバイスしておく事もできますし」
「事前に相談するとしたら、相続に関わりそうなのは弁護士、税理士、司法書士……、色んな専門家が浮かんで来てしまうのですが」
「おっしゃる通りです。相続税対策から考えたい方なら税理士、不動産で公示手段の登記に不安のある方なら司法書士、トラブルに発展しそうな場合なら弁護士、積極的な運用を早めにといった方なら不動産コンサルタント。
相続にはクライアントの方の人生観も影響すると言いました様に、その範囲は実に多岐にわたるものなんですね」
「佐藤先生の所は、この本もそうした方たちによる共著でしたが、様々な専門家がチームを組んで対応しているのですよね。それは、どの様な連携になっているのでしょうか」
「クライアントの方の事情によって、まさにケースバイケースになりますので、まずはじっくりヒアリングをして、“その人に合った流れ”で進めて行くことになります。どういった事情にもなるべくお応えできる様に、様々な分野の専門家でチームを組んでいるわけです」
「それは医療に例えるなら、“総合病院的なイメージ”でしょうか」
「まったくおっしゃる通りですね。その方の人生観に沿った満足を得て頂けるように、各専門領域の垣根を超えて対応して行くことを心掛けています」
「それによって、トータルの安心が得られるのですね。お話を聞いて思ったのですが、医療における変遷と似ているかも知れませんね。
かつては病院と言えば、病気にかかった時だけ行ってサッと帰って来る場所でしたが、この頃はコロナも一つのきっかけになって“掛かり付け医”という言葉が聞かれる様になりました。
ただ寿命を伸ばせば良いのではなくて、例えば“最期は畳の上で迎えたい”といった患者さんの個別の望みや死生観に応える“在宅緩和”という分野も広がりました。
病気になる前に、“そうはならない様に予防医療を”と提唱されるお医者さんもいます。そこからしますと佐藤先生の会社は、総合病院であり、掛かり付け医であり、予防医療の観点も備えていますね。そして、単なる経済面だけでなく、その方の人生観にも応えたいとおっしゃられています」
「医療は良い方向に行っていますよね。病気と同じで、相続も不吉なものとして遠ざけるのではなくて、誰しもに纏わる問題として、そして家族マターとして、多くの方に考えてもらえる様になれたらとても良いことです。
私たちも、そうしたクライアントの方たちの思いに応えられる“スルーライフ的なコンサルティング”がして行けたらと思いますね」
「敬遠しがちだった相続の問題について、身近に感じられましたし、前向きにも捉えられる様になりました。今日は貴重なお話をありがとうございました」
「こちらこそ、どうもありがとうございました」
[TOPIC・KEYWORDS]
・まずは、一族の財産を“視える化”して、その情報を家族で共有しよう
・“年一行事くらいの気楽さ”で、資産をどの様に分配するか、どの様に活用して行くのかを話し合おう
・相続は“おカネの話”だが、取り分の多寡だけでなく、家族の『感情面の平穏』を守ることも大事になる
・法定相続による数学的配分よりも、『家族の実態や人生観に合った分配』を目指そう
・家族で、一つになって、一族の財産を有効活用しよう
■ 佐藤 良久/サトウヨシヒサ
GSRコンサルティング株式会社 代表取締役。
不動産売買仲介300件以上。相続相談対応1,000件以上の実績あり。
現在は複数の会社を経営しながら全国で相続や
不動産のコンサルティング活動を行っている。
©️野咲蓮 2022.03.08
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