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サーフ・ブンガク・トウキョウ38

※この記事はフィクションを含みます。


文学フリマの朝に感じたのは、緊張でも不安でもなく全身の疲労だった。

金曜日は小田原を歩きまわった後、大喜利で脳を酷使した。土曜日は逗子~江ノ島間を友人と六時間近く歩いた。アパホテルの大浴場と寝具をもってしても、体力が回復しなかったのである。

文学フリマは、万全の体調で臨まないと取り返しのつかない事態に陥るイベントだ。

長時間座り続ける体力、声を出し続ける気力、本を手渡し続ける筋力。これらがひとつでも欠けてしまうと、四肢が千切れて胴体が爆発四散する。

そうして文学フリマで散った作家は、平和島にある回収センターへとたどり着く。そこで加工され、来場者に手渡されるトートバックへと生まれ変わるのだ。持続可能な社会の実現である。

「そんなばかな」と疑う方は、トートバッグの生地をご覧いただきたい。きっと継ぎ目の端々から、人だった名残とも言うべき毛髪がぴょこんと飛び出しているだろう。

新田はそんな末路を辿りたくなかったので、参加サークル『アオナガスクジラ』のDMグループに「新田は今日ダメなのです」と連絡を入れようとした。

しかし、主催である嶋森航氏は一時間以上も早く待ち合わせ場所付近で朝食を摂っていた。いちばん大変なはずの彼が、一番先に到着しているのだ。

趣味全開の短編をひとつ寄稿しただけの新田に、逃げられるはずもなかった。

そして会場へ

待ち合わせ場所で北条連理氏、片沼ほとり氏と合流し、文学フリマ東京の会場へ到着すると、すでに一般来場者の姿があった。開場までまだ二時間以上あるが、かなりの行列である。

今年からは入場料が必要になったので、正直なところ「あんまり来ないんじゃないの?」とたかをくくっていたが、見通しがエアリズムのごとく薄っぺらかったのを密かに恥じた。

会場内では、すでに設営が始まっていた。

我々アオナガスクジラに割り振られたブースは、会場の端の方だ。出入口が近く、外へ通じる扉が常に解放されていて、時折やさしい風がそよと吹き抜ける環境だった。

新田は過去の文学フリマで会場内が暑すぎて二回ほどソーセージになったので、このポジションは僥倖ともいえた。しかし、ブースの設営を進めていざ座ってみると、通気性など関係なかった。

男四人が肩を寄せ合えば、たとえ屹立するアルプスの山々を背にしようと、むさ苦しい空間が完成するのである。

触れ合う体温、重なり合う呼吸。

これがエロ同人の導入なら何も起きないはずかないのだが、どちらかといえばラノベ作家はむっつりスケベばかりだ。

特にそういったハプニングが起きることもなく、気を利かせてくれた片沼氏が「僕、立ちますよ」と男前な提案してくれたので、新田は遠慮する素振りを見せつつも感謝した。

前述の通り、身体がバキバキだったからだ。

同世代ラノベ作家、襲来。

開場後、すぐに何人かのお客さんが来てくれた。SNSで繋がりのある方が大半だったので「ありがとう!」の気持ちと「実在したんですね」の驚きがちょうど半々だった。

正直、お会いするまでは「水槽に浸かった脳みそだろうな……」と思っていたフォロワーもいるほどだ。

なかには自著である『君と笑顔が見たいだけ』や『さよなら私のドッペルゲンガー』の感想を熱く伝えてくださる方もいた。

生の声で褒められるのは気恥ずかしい部分もあるが、やはり喜びのほうが大きく、相好が崩れに崩れた。マスクをしていなければ、ライフルを携行した文学フリマのスタッフに狙撃されていたかもしれない。

さらには第36回ファンタジア大賞受賞組であり、同期でもある服部大河氏も駆けつけてくれた。彼とはまだ数回しか会っていないが、人柄がとても魅力的で好きだ。愛嬌がある。きっとそのうち発売される受賞作も魅力たっぷりだろう。

開場からほどなくして、人数制限の都合で一般入場した伊尾微氏も合流し、アオナガスクジラ売り子組はフルメンバーとなった。この時点でブース付近の人口密度はかなりのものだったが、機を見計らったように豪華な面々が登場した。

滝浪酒利氏、及川輝心氏、眞田天祐氏、三船いずれ氏の第19回MF文庫新人賞組である。

彼らとは去年開催された謝恩会以来の再会となったが、出版を経た四人からはどこか強者のオーラが漂っており、なんだか背景が歪んで見えた。

「「「「お久しぶりです」」」」

その挨拶さえ圧倒的で、雑魚の新田はそのまま大井競馬場まで吹き飛ばされてしまった。やるじゃねえかと鼻血を拭っていると、今度は十利ハレ氏が来てくれたので新田は再び飛んだ。

それにしても、すごい空間だ。

別レーベルとはいえ、ほぼ同期とも言うべき受賞者たちが打ち合わせもなく揃うことなんてまあ無いだろう。

そう思っていると、さらに詠井晴佳氏が現れたので半径10メートル以内に新人ラノベ作家が10人集う空間が出来上がった。

店番があったので彼らとはあまり話せなかったが「またこのメンバーで集まりたいね」という言葉が口から出かかった。

でもこれはネット大喜利勢にしか伝わらないのでやめた。

以降も、別レーベルの受賞者や某代表、友人、大喜利で繋がった方、数年ぶりに会う知人等、いろんな方が来てくれてとても賑やかだった。全員の名前を挙げるとキリがないので省略するが、心の底から感謝している。

……オフ会?

その後も続々と……

我々の合同誌である『Shiny Diary』は、ありがたいことに予想を上回る速度で売れていった。参加メンバーのファンの方々だけでなく、表紙買いをしてくださるお客様も何人かいた。鯨井陸氏が手掛ける装画が素晴らしいからだ。

かわいい!

さらには試し読みを経て購入してくださる方も沢山いて、そのたびに我々は安堵の息と嬉ションを漏らした。

もっともこれは、掲載順が一番若く、切り込み隊長でもある嶋森航氏の功績なのだが、そんなことはお構い無しに漏らし尽くした。

その後、来場客が途絶え始めたタイミングで新田は休憩を取得し、ひとり会場の外でスマホを横に傾けた。オークスの中継を観るためである。

イヤホンを忘れてしまい、音声が垂れ流しだったのでそこそこの人に見られていたが、桜花賞で大敗したチェルヴィニアの巻き返しが素晴らしく、そんな些事は気にならない。

しかし同時に「大トリガミや」「馬券の買い方ミスったな……」という後悔が押し寄せてきた。なぜ東京に来てまで、こんな思いをしなきゃいけないのか。

購入した本たち

今回は売り子としての参加だったので、目当てにしていた森見登美彦先生や斜線堂有紀先生の本は購入できなかった。

だが、SNSで交流のある実石沙枝子氏が寄稿されているTOKIMAKE六畳のえる氏、蒼山皆水氏らの合同誌カルビ ホルモン タンソロジー! などを入手できたうえ、ご挨拶もできたので、悔いは無い。

……などと言いつつ、挨拶できなかった相互の方々もたくさんいらっしゃった。したかった。肉体的スケジュール管理といい、馬券の買い方といい、悔いばかり残る人生である。もういい大人なのに。どうすれば成長できるのか。たすけてくれ。

撤収

閉場時間を迎え、撤収した我々は打ち上げと称して焼肉を食らうことになった。前述した三つの力を使い果たした作家が動物の肉を求めるのは、本能である。

しかし、疲労困憊とはいえ腐っても作家。

創作談義に花を咲かせ、ライトノベルの未来を語り、斜陽と囁かれる出版業界の行く先を……などといった会話は殆どなかった。

「うめぇ」
「カルビ」
「ハラミ」

の単語を操るだけの野獣と化し、ラストオーダーのギリギリまで肉を焼いた。

というより、新田は他の作家と食事に行ってもあまり創作の話をしない。翌日には忘れているような会話に終始している。これが良い事か悪いことかは定かでないが、焼肉は美味しかったので、ひとまず良しとしよう。

クソみたいな話ができる方は、是非とも新田と食事に行きましょう。

解散

楽しかった時間も終わりを迎え、我々は再会を誓いながら解散した。

しかし、ホテルに戻ってしまうと新田の東京旅行が本当に終わるので、ホテルの最寄り駅で延長戦として一人居酒屋を嗜んだ。

入店から10分後。目覚まし時計よりも騒がしい大学生グループが隣に来たので、すみやかに退店した。

以上が文学フリマ東京38のレポートである。

出店までの手続き等はほとんど嶋森航氏が行ってくれたので、新田は「楽しかった」「来てくださった方々には頭が上がらない」としか言えない。

ここまで読んで、出店や設営の参考になる部分などひとつも無いだろう。

最後に

お詫びといってはなんだが、最後に告知をひとつさせていただきたい。

いや、お詫びに値しないのは百も承知だが、このnoteは新田が好き勝手に書いているだけである。そもそも、よく考えれば謝る必要性がない。

よって新田は堂々と宣伝をする。

6月7日より、カクヨム上で中編小説を公開することにした。ドラゴンノベルスが主催するコンテストに参加するためだ。

ざっくりいえば、ぐうたら魔女がひょんなことから旅をする羽目になる話だ。今回参加する部門では【奇跡×旅】という縛りがあるので、そのテーマに沿った50000字弱の中編小説である。

おそらくXでの告知等は行わないので、絶対に読みたいという方がもしいらっしゃれば、カクヨムのアカウントをそれとなくチェックしてほしい。

その他の活動に関しては、また色々と告知できる日がきたら告知をする予定だ。それがいつになるかはわからないが、年内には何かしらの発表ができる……はず。

もしできなければ、新田漣のアカウントは競馬とアニメを語るだけのオタクになるので、それだけは避けたい所存だ。

2024年も、精進いたします。




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