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セルフィーユ の 函

             流音

🔳第一の函

ぴんチャンは、今日も布団の中で、憂鬱な気分になっていた。

周りは暗く、外の灯りが曇りガラスを照らし、カーテン越しに部屋の中の物を、薄ぼんやりと浮かび上がらせている。

振り子時計の短針は、10を過ぎたところを指していた。
コチッ、コチッ、コチッ…
振り子時計の均等に時を刻む音に混じり、

パキッ

ぴんチャンの住んでる家は、木造家屋ならではの、木の軋む音を、時折させた。
ぴんチャンの家は、ぴんチャンのお父さんがサラリーマンをしながら、たった1人で建てた家だ。
ぴんチャンのお兄ちゃんのキュウちゃんが産まれる前に、材料を調達し、土台から造り上げた家。

ぴんチャンのお父さんは、小学校を途中で辞めている。
その頃、戦争が始まってしまったからだ。
だから漢字をたくさん書けない。
けど、計算は速いし、何より記憶力がとても良かった。
家を建てる際にも、頭の中で設計図を引いた。
建て方は、大工さんの作業を見て覚えたらしい。
しかも、手先がやたらと器用という。
ぴんチャンのお父さんは顔が広かったこともあって、細々とした日曜大工を、たくさんの知り合いから、嫌な顔ひとつもせず、安い賃金で引き受けた。
夕方会社から帰ってくると、作業着に着替え、アルバイトに精を出す。
お陰で、サラリーマンで得る給料の足しにはなっていたようだ。

さて、ぴんチャンは眠れなくて何度も寝返りをうっていた。
お父さんの建てた家が問題ではない。
ぴんちゃんを憂鬱にさせる原因は、自分の目の中にいるモノだった。
そいつは、目を開けても閉じても見えてしまうというモノ。
昼でも夜でもお構いなし。
形を変え、色を変え、何も言わず、ただ光っている。
「消えろっ」
と言っても消えることなく、それまでとは変わらず、元気にうごめいているのだ。

ーいったい、コイツは何?ー

生き物なのか、ただの幻なのか、物心ついて間もないピンちゃんには解らない。

ー 皆んなにも、見えているのかな? ー

そのように思うのだが、誰にも問うてはいけないことのように思え、疑問を持っても、聴くことは諦めていた。

とりあえず、ぴんチャンはコイツを、〝色々とヒカリ虫〟と呼ぶことにしている。

両目を閉じて、両手のひらを両まぶたに充てれば、暗闇の中は温かくなった。
そして、均等に時を刻むように、両手から、両手が脈を打っているのが伝わってきた。
それでも、〝色々とヒカリ虫〟は目の中をウジャウジャと動き回っている。
そのうち、〝色々とヒカリ虫〟との攻防にも飽きてきたぴんチャンは、瞑想タイムに入ることにした。

ー 天国と地獄って、どこにあるのだろう ー

ぴんチャンにとって、お母さんは世界のほとんどを占めていた。
そのお母さんの口からよく出る言葉が、天国と地獄だったから、ぴんチャンの頭の中の半分以上は、天国と地獄で埋まっていたのだ。

しかし、ぴんチャンが天国地獄のありかを知る由もない。

だけど、死ねば行く場所らしいことは、ぴんチャンのお母さんや周りの大人達の解釈だったから、ぴんチャンもそう理解していた。
天国は天使や神様がいて、広いお花畑があるキレイな場所。
地獄は、鬼がいる暗い怖い場所。

ー 見てみたいな ー

でも見るには、死ななければならない。

ぴんチャンはどうやって死のうか考える。
そして、ここから先は、どうしても考えつかない。
考え付かないまま、眠りに入っていくといういつものセオリーを踏んで、一日を終えた。

#小説
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