あの季節外れはひっそりと呼吸している。

 この間高校を卒業して,晴れて東京の大学生になった知り合いから連絡がきた。最近の子たちはラインではなくインスタで連絡を取り合うことに軽く驚いた。東京で一人暮らしを始めたところだと言う。
「ご飯作れなくて死んじゃいそうー,最近パスタとかお菓子とか,そればっかり 笑」。最後に笑いを添えた文面を見て,自分が大学生をしていた数年前がよみがえる。
 地元の大学に進学した私だが,通学が現実的でないという理由で学生時代は寮で過ごした。雪は少ないが冬はだいぶ冷え込み,夏もそれなりに暑いと言われている盆地の真ん中に引っ越したのは3月末だった。事前に送った2つの段ボールと布団が置かれた部屋にキャリーケースを引きずった私が到着した頃,重たそうな雲が空を覆っていた。
 入寮したその日の夕飯から,どうにか食事を用意する必要があった。寮のすぐ近くにはファミマとドラッグストアがあって,寮から10分ほど歩くと百均とスーパーとカラオケ店があった。学生が住む街というのもあり,カフェや定食屋やラーメン屋がそれなりにあるようだったが,学生生活初日から外食というのはあまり気が進まなかったのをよく覚えている。
 雪がちらついてきた。明日から4月だった。西日本から越してきた同期が口々にありえないと呟き,写真に雪を収めた。そういえば自分は厚地の上着を持ってきていないことを今さら思い出した。食べるものを買いに行かなきゃいけないのに。

 結局,傘を差してスーパーと百均を目指すことにした。何かしらの食器を調達してから,食べるものを買う。共用のキッチンをどういう間合いで使っていいか分からず,結果的にカット野菜とかパンとかそういうものしか買えなかった。それから桃味のいろはすを買った。
 寮に戻り,プラスチックの皿を買ってきたことを大きく後悔した。いくら洗ってもドレッシングの油が落とせないのである。失敗した。言いようのない不安が迫ってくるのを感じた。授業が始まるまで約10日,どうにかして凌がなくてはならない。仕切られた机の陰で歯ぎしりをした。大学生活,実に前途多難で途方に暮れた寮生活初日だった。雪が雨に変わっていた。
 東京の大学生の暮らしが分からないので,当たり障りのない返信をしてインスタを閉じる。いかなる時でも健康な生活が望ましいとされる世の中で,でもそれってものすごく難しいことだと思う。なぜかお金がないし,金銭感覚のずれを背負い込んでの人付き合いは完全には避けられないし,大学生って自由で不自由だ。ゴールデンウイークが間近。食生活は精神衛生に直結する。あの雪模様がひっそりと呼吸する3月を,時々夢に見る。

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