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JPOPが聴けなかった

 ここ最近、結束バンドのアルバムを何度も聞いている。アルバム中の曲はどれも素晴らしい。ぼっちざろっくを見終わってから、すっかり結束バンドの虜になっている。ぼっちちゃんを見ていると、ちょっと羨ましい気持ちになる。彼女はまさに、自分の中高生の頃の憧れを体現しているからだ。


 中学に進んでから、大学に入学するあたりまで、私はJPOPが聴けなかった。現実に戻されてしまうから。専ら英米のロックを聴いていた。日本語の曲でも、アニソンだけは聴けた。二次元の世界に入れるから。当時の私にとって、音楽は目の前の、あたかもそれが唯一で重要であるというふうに振る舞う現実から意識を飛ばすための手段でもあった。だからJPOPではいけなかったのだ。


 音楽に対する、自分の中での役割が、変わってきたのかもしれない。10代の私は、自分の感情をオーバードライヴさせるだけでよかった。自己肯定をしてくれる存在が欲しかった。それに対して20代となった今は、実際に海外で生活する中で、自分の味方になってくれる人も見つけられるようになってきている。そんな相手が、日本の音楽に興味を持っていることも少なくない。だから、なのだろうか。自分の仲間が、日本の曲を好きだと言っている。仲間が好きな音楽だから、自分も好きになる。外国を通して自国の文化を受容できるようになるなんて、皮肉なものだ。

 今では、ユーミンとか、アジカンとか、神聖かまってちゃんみたいな、日本のミュージシャンの曲もよく聴くようになった。金スマ、だっただろうか?かまってちゃんのパフォーマンスは、高校生当時テレビで見ていた。何がいいんだか全然分からなかった。最近の日本の曲なんてクソみたいな曲ばかりなんだな、というのが正直な感想だった。それでも、23歳の夏休みには、かまってちゃんの魅力に気づき、何度もファーストアルバムを聴いた。接点を持たない解離された時間が、少しだけ、統合されたような気がした。

  高校生の時は、27クラブに入るのが夢だった。私が生きている間に、地球が太陽の周りを30回まわることはないのだと、そう思っていた。今ならまだ、ギリギリ入部できる年齢だ。でも、もう参加したいとは思わない。だって、ニルヴァーナよりも、フー・ファイターズのほうが好きだから。カラオケに行って、母語で歌えるようになったから。
私も、少しは成熟したのだろうか。

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