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白のソニック

日本滞在中にこんなことがあった。

九州の右側を縦に通る日豊本線。
乗ったのは特急電車、白のソニック。
指定席が取れず、あいにく自由席も一杯だったので
デッキに立って本を読んでいた。
浅見光彦のでてくる内田康夫のミステリーだ。

携帯で電話しながらやってきたのはちょっとヤンキーがはいってる感じの男。そのままオレから1.5mくらいはなれたところに陣取った。 話している声がでかい。風体と話声がマッチしている。

「んだよ…」って感じで見ていると
なんと、奴の社会の窓が全開ではないか。
赤系の下着がアラワになっている。

こ、これは、 言ってやるべきでは…。
神がオレにもたらした使命。そう直感した。
そう思うと、最早殺人事件どころではない。
浅見に全面的に任せておけばいい。

想像してみて欲しいが、こんなとき、全然知らない人に
「チャック開いてますよ。赤のパンツ見えまくりです」
とは言いにくい。

まあ、パンツが赤いことは言わなくてもいい。
あ、いや、パンツのことも言わなくていいのかもしれない。

とにかく言いにくい。

さあ、どうする、オレ。
さあ、さあ、神がオレを試しておられる…。

とにかく奴がオレを見て、目を合わせてくれることを望んでみる。
そうすれば、アイコンタクトで、チャック全開の案件を伝えることができるじゃないか。

しかし、奴は話に夢中で、こっちを見る気配はない。
まったく、人の気持ちが分からないやつだ。

「私の気持ちなんて考えたことないでしょ。」
ほっぺたをはたかれたまま、吉祥寺のバーに置き去りにされたことを思い出す。
人の気持ちは考えるべきだと悟らされた瞬間だった。
あぁ、そんなこと思い出して感慨に耽っている場合ではない。

次の駅が近いというアナウンスが流れる。
俺は降りなくちゃ。
こうしちゃ居られない。

あ、奴が携帯を切った。
よし、こっち向け。

ばか、なんで窓の外見てるんだよ。
しかもちょっとカッコつけちゃって。
ポッケに両手を突っ込むんじゃない!
余計に下の窓が広がるではないか!

だめだ、今言わなくちゃ。
すでに電車はホームに滑り込んでいた。

オレは歩を進めて奴にオモムロに近寄ってそして言った。
「えっと、チャック、開いてます。」
そしてニッコリ微笑んだ。
大丈夫、気にすんな、という気持ちを精一杯表現した(つもり)。

電車は停まりドアが開く。

ヤツがあわててズボンのファスナーを探っている。
オレはきびすを返してホームに下りた。

入れ替わりに子供づれのママたちの集団が
プチ混乱中の男の周りを陣取った(と思う)。

オレは使命を果たした。神様もお認めくださるだろう。
とても爽やかな気分だった。
晴れた空がいつもより青い気がした。

と、靴紐がほどけかけているのに気付いて
脇によけ、しゃがんで紐を結ぼうとして気付いた。

ズボンのチャックが開いていた。

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