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介護の当事者になって その1      電動車椅子が届いたけれど・・・

毎週土曜日の朝日新聞beの連載「それぞれの最終楽章 おひとりさまとして」も先週で終了し、今週からは新聞掲載のない土曜日。ちょっと寂しい気もしますが、続くものはいずれは終わるもの、気を取り直して、どんどんこのnoteや火鉢クラブのブログに、その後の話やがんの話に限らないいろんなことを書いていきたいと思います。
というわけで、ちょっと介護についての話をいくつか書きたいと思います。
私も介護保険で電動ベッドを導入するなど、立派な介護当事者ですから。
というわけで、今回は電動車椅子がやってきた話。


今週、電動車椅子がやってきた。介護保険、要介護2だとレンタル料も1割負担で、月2700円ほどで借りられる。早速、車椅子を届けてくれた福祉用具の会社の人に説明を受けながら、近所で試乗してみた。

一番低速だとノロノロすぎて、ちょっとイラつく。もっとも高速にしても、ちょっと早歩きという程度で、早歩きの大人の男性には追い越されてしまった。体に障害のある人が乗る車椅子にセグウェイのようなスピードを期待していた私は何か勘違いしていた。何かあった時、咄嗟の対応のできない身体なのだから、ゆっくりなのは当然なのだ。

私の場合、足はそれほど弱ってはいない。体幹が捻れず、背中がまっすぐに伸びなくなっているため、30mも歩くと左側の腰が痺れてくるため、最近では杖を持つようにしているが、自転車には、サドルに跨ってから発信すれば乗れることは乗れる。一旦乗ってしまえば、歩くよりも腰への負担は小さく、少し遠くまでいけるし、カゴもあるから荷物も載せられるので、これまで近所の買い物やちょっとした用事は自転車で済ませていた。しかし、体幹の動きへの制限が大きくなってくるにつれ、自転車でも腰が痛くなるまでの距離が徐々に短くなっていた。それに、自転車に乗っていると、周囲からは健常者と思われるため、すれ違う時なども誰も気をつけてくれず、急停車したり、身体に衝撃を与える場面に出くわす確率も高い。そのため、電動車椅子を導入した次第である。

初めて乗った電動車椅子。操作も簡単で、方向転換も意外とスムーズだった。

ただ、私にとっての問題は、車椅子は歩行者扱いなので、常に歩道を通らねばならないということだった。歩道と車道にはいまだ段差のあるところが多い。そこでは、乗り上げる時に体に響いた。私の場合、胸の皮下に鎧のような塊があるため、そこに響く。体側から背中の一部の皮膚も癒着したような感覚があり、背もたれに背中をもたれさせていると、車椅子に衝撃が加わるたびに、それが体幹全体に伝わるのだ。

なるべく段差のある歩道を通らなくていいように、裏道を選ぶようにした方がいいですねなどと福祉用具の会社の人と話しながら、試乗は終わった。

問題点はあるものの、歩きづらかった身体にもうひとつの足ができたことで、期待も抱きながら福祉用具の会社の人と別れた。

その後、一人でどこかに行ってみようと思い、夕方、近所の八百屋やパン屋を経由しながら、膝にエコバッグを乗せて、ちょっと離れた図書館まで本を返しに行ってみた。片道1、5キロほどの距離だろうか。

歩道の段差に乗り上げなくていいように、なるべく裏道を選んだ。しかし、そこは東京都心部、1、5キロの移動となると、どうしても途中で大きめの車道が出てきて、そこでは段差のある歩道に上がらねばならない。このところはなるべく段差を少なくするようスロープ状に工事がなされているが、まだ数センチの段差がある歩道もたくさん残っている。それに、歩道は水捌けを考えて、車道に向かって斜めに傾いている。これが車椅子にとっては危険で、車輪が低い方に流されないよう気をつけねばならない。

また、電動の場合、手動の車椅子よりも、スタートストップが急で(これは操作に慣れれば少しは緩和されそうだが)、スピード変換も忘れがちで、慣れないうちは、歩道の2、3センチの段差でも、かなりな衝撃が身体に伝わった。

足は悪くない分、早く進みたい気持ちが前に出てしまう私は、ついスピード最大で歩道に乗り上げようとしてしまい、身体に何度も衝撃を走らせた。
そうした衝撃を受けていると、徐々に疲れてきてしまった。

歩道の段差だけではない。日本の舗装道路というのは、地下にある配管工事後の養生が適当で、道がかなりつぎはぎになっている。健常時には、そんな継ぎ目全く気にならないのだが、車高の低い車椅子に乗ってその上を通過すると、それなりの衝撃を感じることがわかった。裏道ももはや快適な道ではない。

図書館について、外のブックポストに本を入れ、そのまま帰路に着いたが、1、5キロのうち、ほぼ半分以上の道で、ガタンガタンを感じながら帰宅。衝撃を受けるたびに、胸の塊が体内で細かく振動し、周囲の組織を傷つけているのではないかという疑念が湧く。かなり振動の影響を受けている気がした。

帰り道では、電動車椅子に対する期待が大きく萎んでいた。

その日の夜は案の定、胸の周辺が痛んだ。夜は身体の修復の時間で、どうしても痛みが出てしまうのだが、修復せねばならない何かが起こったのだろう。翌朝、目覚めると、胸のつっぱりはやや増していた。

これはいかん。電動車椅子を借りて、遠出できると思っていたが、期待違いだった。

50mも歩くと腰に響いてくるとはいえ、杖をつけばもう少し歩ける。足自体は弱っているわけではないのだから、車椅子はあくまでも500mとか1キロとか離れたところに行くまでの移動手段だ。現地につけば、それを降りて、その場では立ち上がって歩ける。だとしたら、車椅子に乗ることは、使えるはずの足を使わず、足まで弱らせてしまう可能性がある。家の中でも座っている時間の方が断然長くなっているのだから、歩く必要のある時には歩いた方がいいのかもしれない。

だとしたら、私に必要なのは、車椅子ではなく、歩行器ではないか・・・。
歩くことは、段差の衝撃のような影響はない。腰への負担はあるが、歩行器でそれを減らしつつ、少しでも歩いた方が、身体のためにはいいのかもしれない。

そして、それよりも必要なのは、この体幹を縛っている鎧のようなものをなんとか少しでも減らす努力だ。多少の延命の方法は医者も知っているが、これの治し方を知っている人はいない。

今は、血液検査の結果、体全体の機能はしっかり支えられていると医師がコメントした自分の体調を信じて、調べられる限りのことを調べ、自分のやれる範囲で、取捨選択し、縁も加味して、できるかぎりの努力をしたい。

それにしても、日本の道路、アスファルト舗装って、杜撰です。他の先進国の道路がどうかというのをよく知りませんが、バリアフリーということを考えると、アスファルトの道路は高速道路みたいにフラットにして欲しいものです。

今回、初めての車椅子体験で、いままで自分が気づかなかったことを随分、気付かされています。
その他の気づいたことはまた分けて、その2に書きますね。

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