「翔べ! 鉄平」 エピローグ 29
セスナは乾いて土埃を巻き上げる関東平野の畑の上を、大きく旋回しながら高度を上げる。
啓二の初めての単独降下だった。
「亀田さん、そろそろです」
猪俣が操縦席から大きく振り返って、大声で告げた。インストラクターは啓二を一瞥するとスライド・ドアを開けた。
機体上部の翼が太陽の光を遮り、地上を涼しく映し出す。
萌黄色の畑、煉瓦色の畑、深碧の林、鉄紺の秩父山脈、赤や青の民家の屋根、水浅葱の空に白い雲、遠くには紺碧の太平洋。走馬灯のように景色が回転する。
「4000メートルです」
猪俣が再び振り向いた。
「亀田さん、いつでもどうぞ」
啓二は親指を立てて合図を出した。インストラクターも啓二に同じ合図を出した。
啓二はかがんだ姿勢のまま、出口に近づき、ドア口の上に両手をつき、地上を眺めた。
スポーツ用に改良されたパラシュートは、軽い化繊で作られコンパクトになり、まるでリュックサックのように背中にくっ着いている。
両手を機体から離すと、体が機外に向かって傾き、足と頭が逆さまになった時、足が期待から離れた。
両腕を大きく広げ、足を大きく広げ、空気抵抗を最大にすると、地上が全面に広がった。風が背後に流れてゆく。頭をもたげると、遠くに水平線が見える。
太陽が作るはずの影は、遠い地上に届かない。今まで追い求めてきた幻想的な理想という影はなくなる。鉄平が目指した大空だ。
――戦争は……
戦後啓二はいつも考えていた。
敗戦で自分を責めてみたりもするが、朝鮮戦争やインドシナ、ヴェトナム戦争と、いつもいつも戦争が繰り返される。テレビのドラマも映画や小説も、あの時代を重く苦しい暗黒の時代のように描いている。しかし思い返すと、当時の自分も鴨志田も、鉄平も龍宮も、彼らの仲間たちも、明るく輝く青春を謳歌していた。
――いつの間にか、影のような、幻影のような、空虚な人間像を追い求めてきてしまった!
そんな戦争の善悪などどうでもよくなる。
戦争という言葉が人を麻痺させる。平和で安全な社会でも、日々争い、奪い合い、殺し殺されていても、それは戦争ではないと勘違いする。
けれど、
――戦争は、痛い、熱い、ひもじい。だから嫌だ。嫌いだ。どんな大義名分があろうと、嫌いだ、と現実の自分自身の感性の声を挙げよう。もう流されない! 自分自身を信じて、そうした自分自身を大切にしよう!
あの時代、自分たちが注いだ無垢な情熱に偽りはなかった、そう思えるようになった時、再び空に舞い上がろうと思ったのである。
インストラクターも降りてきた。大の字になった二人は大きく景色を回転させる。海、山、小さなビル群、雲、海、山 …全てが自分を中心に回る!
二人が手を離し、記憶が遠ざかるように離れる。啓二が腰に付けた小さいドロッグ・シュートを放つと、インストラクターは下に消え、啓二は上に引っ張られた。たった一分ほどの解放。
高度1000メートル。パラシュートが開き、体を縦にしてゆっくりと降下が始まった。右に左に回転し、体が傾き揺れる。
――もうすぐ地上だ。
啓二は地上に降り立つ。大地に忠実に生きようとする欲望が沸き怒る。
*
そうしてそれからというもの啓二は日曜日になると、車で出かけて行った。そして次第に顔つきが明るくなり、言葉の数も増えてきた。風子は仕事ではじめたゴルフに行くのだろうと思っていたのである。
風子は別段どこかに一緒に旅行に行きたいとか、遊びたいとかは思わなかったが、啓二に対しては週に一度の休みぐらいは体を休めたほうが好いと心配するほどであった。そんな日々が一年ほど続いた。
多少老けたとはいえ、まだ四〇歳は若い頃の力を思い出すにはそれ
ほど遠い年齢ではない。できれば風子にもそれを感じてもらいたいと思い、日曜毎に練習に通い、他の若い人たちよりは時間が掛かっても、パラシュート降下の免許を取ってしまったのであった。
風子が何処に行くのかと聞いてもただ照れ笑いをして頭をかきながら、
「まぁ、ちょっとな」
と笑って答えるだけだった。
風子は、そうした啓二の笑顔の中に昔の笑顔が垣間見えたように感じた。昔、鉄平と戯れていた子供の頃の無垢な目の光を感じ取った。だから誤魔化されていると思っても安心してしまう。
そうした安心が平凡な幸せを益々大きな平凡の幸せにする。
そんなある日、啓二のほうから風子を誘った。
「今度の日曜日、付き合ってくれない」
とニヤニヤと笑っている。
「何処へ?」
「まぁね」
そう言って明確に答えなかった。
日曜日になると、子供たちは高校の部活や大学のサークルに出かけて行ってしまったので、久しぶりに二人で車に乗り北へ向かった。
服装はズボンに運動靴を履かせるので風子はゴルフの接待に借り出されるのかと思っていた。結局二時間ほどかけて着いたのは埼玉県の小さな飛行場であった。
つづく
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