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38.不甲斐

きのう帰りの電車で、向かいに座っていた中年男性が大声で怒鳴った時も
私に宛てられた声ではなかったけれど、心臓がきゅうっと痛くなり
自分が叱られたような気持ちがした。

人混みでよけきれずに肩を強くぶつけても、
振り返ることもなく過ぎて行く東京。

もう二度と会わないかもしれない見ず知らずの誰かへ、
自分の疲労を怒りというエネルギーへ変換して投げつける大人。

空があって、道があって、風があって、花が咲いていて、
夜になればしんと月が照らしてくれて
感謝しなくてはいけないほど、潤った世界なのに
どうしてわざわざ隣りにいる人に傷を負わせるのか

歌詞を書く身として、日々の中には痛みを感じる瞬間が必要だとは思う。
ただそれが、自分の意思とは直接的に関係のない場所で起きた時
遮れなかったときにごわつく心を、処理しきれなくなる事がある。

暮らしの中で受け取った波動やノイズが
気づかぬうちに蓄積していって、大切な場面や
精神力を必要とするときに、顔を出し邪魔をする。

これはまだ私が未熟者だからだ。
つい先日、アルバム制作のレコーディング中にも、
自分の中に今まで流れていなかったメロディーを録音するのに、躓き
普段できていることもわからなくなる場面に遭遇した。

その時はすべてがなにが何だか、沼にハマって
分からないことも分からないという悲惨な自分にショックを受けた。

こんなにも出来ないものかと悔しい気持ちや、焦り。
今この場にいる、みんなの時間を奪っているような気もしたり
不甲斐ない自分が恥ずかしくて涙がこみ上げてしまった。

これまで歌うことに関して、なんとなく少し勘がいいし
自分のことは器用だと自負していた。
だが今回の制作期間で、見事にハートブレイクし打ちのめされてしまった。
まだまだ表現したいものを
完璧な状態までこの声で体現することもままならない。

プライドなど捨てたつもりでいたけれど、ただのつもりだったようで
私のプライドはちゃんと、ここにあった。
負けず嫌いなのも、冗談が通じないのも、私の良いところ。
手放したりしない。

出来ないことが悔しくて、恥ずかしくて、
感情の爆発が起きた時、自分をコントロール出来るのかさえ
今の所わからない…とまで思ったのだが。
それはその日までの感情にとどめた。
今日までの私が、積み上げてきたものより
遥かに広い世界が存在していることをメロディーに乗せて教えてくれた人に出会えて本当によかった。
出来ないことを、ひとつずつ出来ることに変えていくのが
歳を重ねる意味。

今はまだ、名前もないちっぽけな歌うたいだが、
この先何度こころ砕かれても
果てしない音楽にいつまでも手を伸ばし続けていく。

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