16.穴あきバーガンディ
令和3年。
6月の雨はあまり降らず、7月へなった途端
お空は遅れてわんわんと泣き出した。
鳥居れなが高校の卒業式で周りの涙にのまれて
うまく感極まることができず、うちへ帰ってから
友達にもらった手紙を読んで
ようやく滝のような涙を流した時のように。
ベトベトとだるく暑い日本の夏が迫って
マスクをして外を歩いているだけで汗が滲む。
かれこれ5年前。
お付き合いしていた人がいる。
お互いに地元を離れ、1人の暮らしを始めた頃だった。
生まれた場所も
これまでどんなふうに生きてきたのかも
知らなかったけれど、なんだか初めて話した時から
〝この人といると落ち着くな〟と言う感じだった。
言葉を選びますと、彼は着る物に無頓着。
でも、背が高くて、色白の細身なので
何を着ても似合ってしまう。という感じだった。
物静かで初めはあまり
大きな口を開けて笑ったりしなかったのだけど、
一緒にいるようになってから少しずつ
いろんな表情を見れるようになっていくのが
嬉しかった。
一緒に過ごすはじめての夏に線香花火を買って
近所のちいさな公園の隅で、
そこら中を蚊に食われながら燃やした
パチパチと弾ける線香花火も、
きっと例年通りだったのだけど
その時は魔法みたいに特別綺麗に見えた。
それから数ヶ月経って、
彼の部屋を一緒に掃除していた時。
テレビ台の棚から線香花火が1袋出てきた。
そういえば、
好きなおかずは最後にとっておくタイプの二人は、
2袋セットの線香花火をまた別の日にやろうと
とっておいたのである。
かわいそうにそのまま忘れられた線香花火は
数ヶ月間テレビ台の端で声も上げずに泣いていた。
それでも思わず棚からぼた餅の2人は
季節外れの線香花火にわくわくしてしまった。
湿気た線香花火とチャッカマンを持って
長袖であの公園へ行った。
以前と同じ、あの公園の隅へしゃがんで
ぴりぴりと袋を開き線香花火を取り出した。
どちらが長く火種を落とさずにいられるか
線香花火といえば…という感じであるが。
例に倣って彼女たちは一本ずつの花火を持ち
同時にチャッカマンから火を移した。
秋の夜に金木犀と火薬の匂いがしていた
私のは弾ける前に呆気なく落ちてしまった。
彼のはぷくっとまぁるい火種が
ぢりぢりと小さく震えて、
弾け出すのを2人で息を止めて待った。
すると突然 パツッ と音を立てて火花が大きく飛んで
いつも静かな彼が「アッツゥ!!!」と叫んだ。
小さな公園の隅で
今までに聞いたことのない大きな声で
「アッツゥ!!!」と叫んだ。
私はもう突然の出来事で、可笑しくて笑い転げた。
火花の飛んだところを見せてもらうと、
シャツの袖に穴が空いて、
腕が蚊に刺された時のように赤くなっていた。
私は火傷が心配だったのだけど、
彼はシャツに穴が空いたことの方が
ショックだったらしい。服に無頓着だったくせに。
私が褒めたバーガンディ色の薄手のシャツ。
穴が空いた後もよく着ていた
私の一言を頓着してくれていたんだな。
もうすぐ夏が来る。
今年も線香花火をやります。
ー 穴あきバーガンディ ー
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