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VERMILIONな日々 sideシィ

ボクはそわそわしながら、先生の頭上に掛けられた時計を見つめていた。

教壇に立つ先生は、抑揚のない話し方で衣替えの連絡をしているんだけど、今のボクは長袖解禁の時期よりも大事なことで頭がいっぱいになっていた。

他の人よりもちょっと特徴的な、犬や猫みたいな耳が逸るようにぴこぴこと揺れてしまう。

もうちょっと、もう少し……。

時計の長針が12時を指し、学校のあちこちでチャイムの音が鳴り響く。

「え~では、これでホームルームを終わります。みなさん気を付けて帰りましょう」

やっと終わった!

先生の挨拶が終わり、教室はがやがやとした喧騒に包まれる。

ボクはその喧騒に目もくれずに、机に掛けていた学生鞄をつかんで立ち上がる。

クラスメイトの合間を縫うように移動すれば、いつものメンバーが声をかけてくれた。

「珍しいね。シィが急いでいるなんて」
「いつもなら机で茹だった頭を冷やしてるのにね~」
「今日はどの部活のヘルプも頼まれてないっしょ?」

そう。いつもならこのまま友達とおしゃべりをして、お小遣いに余裕があればちょっと寄り道をして帰るんだけど、今日はそうもいかない。

「ごめんね。今日はお姉ちゃんからお買い物頼まれてるんだ。だから先に帰るね」
「あー、あのすっごく美味しそうなお弁当作るお姉ちゃんでしょ。りょ〜かい」
「そりゃ大変だ。んじゃ、また明日ね」
「うん!また明日!」

ボクは送り出してくれる友達に手を振ると、開けっ放しになっている教室の扉をくぐり、まだ人の少ない廊下を駆け出した。

ブレーキの効きづらい上履きで廊下を滑るように移動する。

曲がり角で減速する度にポニーテールの付け根が重力に遊ばれて重くなるけど、ボクの行動を縛るには全然足りない。

あまりの身軽さについ、階段をジャンプで駆け下りようかと思ったくらいだ。
やらないけどね。視界の端に英語の先生がいたし。走ってるところを見られたら怒られちゃう。早歩きに変更だ。

スキーニングミッションにしては少しうるさいかな?まぁいっか。見つからなきゃいいんだし。

ボクは先生に走っている姿が見られないように注意しながら、急ぎ足で昇降口へと急いだ。

◯   ◯   ◯   ◯   ◯

「今日は牛乳とバターを買えば良いんだよね〜」

学校を出たボクは、ゆっくりと歩きながら、お姉ちゃんからもらったメモを確認していた。

いつもならお姉ちゃんが色々と買っているんだけど、学校の用事なんかで行けない時、ボクが買い出しをお願いされる。

友達は、こうしたお願いは嫌だ~なんて言っているけど、ボクはそう思わない。

だって、お姉ちゃんがお願いしてくれるんだもん。

いつも身の回りのことをしてくれる、大人っぽくて優しいお姉ちゃん。
実は憧れているんだけど、恥ずかしくてそれは秘密にしている。

そのお姉ちゃんがボクを頼ってくれるんだから、断るわけがない。

まぁ、お買い物はもっと頼んでくれても良いんだけどね。おつりで好きなもの買って良いって言ってくれるし。

ブレザーの内ポケットに手を当てれば、いつもよりも膨らんでいる財布がある。

人目があるから我慢したいのに、どうしても口がにやけてしまう。

「今日はちょっとお高めのプリンとか買っちゃおっかな〜」

スキップをしながら見慣れた歩道を歩く。

中学校に進学してからずっとこの道を使っているけど、静かで良い場所だ。
歩道は広いし、日の高いうちに帰れば車が少ない。不満があるとすれば、コンビニに行くにはちょっと遠回りする必要があることかな。

そんなことを考えながらスーパーの近くまで来たところで、子供の声が聞こえた。

この近くに小学校はもうちょっと離れていたはずだけど……あっ。

「そういえば、この近くにちょっと大きな公園があったんだよね」

記憶を掘り起こさなくても覚えている。ボクが小学生のころによく遊んだ公園だ。
広くて、滑り台やブランコなんかがいっぱいあって、よくみんなと遊んだなぁ。

スマホで時間を見れば、まだ時間は充分にある。

「ま、ちょっと寄り道するだけだし、いいよね」

スーパーを目の前にして、ボクは一つ前の曲がり角を曲がり、ちょっとだけ直進する。

そこにあるのは、記憶と寸分も変わらない、ボクいきつけの公園だ。

ほどほどに広くて、遊具も記憶にある場所にそのまま置いてある。

まぁ、1、2年でそんなに大きく変わるわけもないか。

「ここでたくさん遊んだんだよねぇ」

ひとりつぶやきながら公園を覗き込めば、先ほどの声の主であろう子供たちがボールで遊んでいた。

自分もあそこに混じっていたなぁ。そんなことを考えながら見ていると、遊んでいたうちのひとりが、ボクに向かって指をさした。

「あっ!シィねぇちゃん!」

どことなく聞き覚えのある声の男の子は、ボール遊びを止めて、ボクのところに近づいてきた。

ほかの子も、彼の言葉でボクに気づいて近づいてくる。う~ん、みんな見覚えがあるぞ。

あっ!思い出した!

「みんなか!久しぶり!元気にしてた?」
「シィちゃんも久しぶり!なんで公園に遊びに来ないんだよ~」
「そうそう!タケちゃんもメイちゃんも寂しがってたよ~」
「いいかい君たち、中学になるといろいろと忙しくなって、遊びにくるのも大変なんだぞ?」
「え~、シィちゃん全然変わってないじゃん」
「なにをぅ!」
「わー!逃げろー!」

彼らはボクが小学生のころ、一緒に遊んでいた下級生たちだ。

この公園は丁度、学区同士が交わる中間地点だったから、ボクも他校生に混じってい遊んでいた。中学校に上がってからは公園で遊ぶこともなくなって寄らなかってたけど、そっか、みんなは下級生だったのか。同い年だと思ってた。

ボクは久しぶりの再会に沸き立つ胸の高鳴りに任せて、小学生の輪に混じった。

2、3人ほど初めましてな子もいたが、ボクの話を聞いたことがあるのか、すぐに打ち解けてくれた。

ま、知らなくても遊んでいれば仲良くなるよね!

「シィちゃんスカートでボール蹴るなよなぁ!」
「スパッツ履いているから平気なんですぅ!」
「ずっりぃ!子供あいてに本気出すなよ!」
「勝負はいつだって全力でしょ~」
「くっそう。みんな、全員でシィちゃんを倒すぞー!!」
「「おーー!!」」
「わっはっは!かかってこーーい!」

結局ボクは、懐かしいみんなと思う存分遊んだ。遊び過ぎてうっかり買い物のことを忘れそうになったくらいだ。

だけど、ちゃんと買い物はしてきたし、おやつも二人分買った。これで怒られないはず、だったんだけどなぁ。

「シ~~ィ~~」
「ご、ごめんなさいお姉ちゃん!」

流石に、制服を泥だらけにしたことは、帰宅後にしっかりと怒られちゃった。

そんな、ボクの日常のお話。

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