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機械猫はアキバを歩く

西暦2310年。東京、アキバストリート

気象管理局によって操作された空の下、ゴミの多い裏通りを、女が歩いていた。

大通りを外れたこの近辺は、廃ビルへの不法入居者やヤクザ者、商売女がたむろしている。そこを歩く、擦れた気配のない女性は、それだけで注目を集めた。

手入れが行き届いている桃色の髪には緩やかにパーマがかけられ、口元を隠すマスクは男性向けのいかついデザインではあるが、女の放つ雰囲気に妙にマッチしていた。
服には汚れひとつなく、わずかに見える肌の瑞々しいまでの色つやの良さは、遠目からでもわかるほどである。

しかも、まだ幼さの残る顔とは違い、しっかりと成長した豊満なバストは、服の下からでもその存在感を主張していた。着込んでいなければ、新人嬢の初出勤とでも思われたかもしれない。それほどまでに、女はその見た目で、雰囲気で、目立っていた。

だから、こうして衆目の視線を集めることは至極当然のことであり、

「よう嬢ちゃん、どこかにおでかけかい?」
「それとも出勤?君みたいなかわいい子なら、ボクらが買ってあげるよ〜」

こうした「よくない」輩が寄ってくることも、当然のことなのだろう。

「悪いけど、ソッチの相手が欲しいなら、他所を当たってもらえる?」

近付いて来たのは、男が2人。
女は防塵マスク越しから声をかけつつも、男たちを観察するように、キツい視線を送った。

ひとりは腹の出た大男だ。片腕にはサビの浮いた、大型の戦闘用義手を装着している。
もうひとりは細身の男だ。安物なのか。機械らしさの残るサイバーアイを片目に装着している。

どちらも汚れが目立ち始めた服を着込み、下卑た笑みを浮かべながら、女の進行方向に立ちはだかる。

「いやいや、そのナリでここ歩いて違うはウソっしょ」
「店なんていいから、俺たちと遊ぼうぜ」
「お金を払っても体験できないような凄い事、教えるぜぇ」

2人は、この辺りにたむろするチンピラであった。

組織に所属するわけでもなく、目についた浮浪者や彼女のような迷い込んだ一般人を脅しすだけのチンケなシノギで生計を立てている。

そして時折、女性が迷い込んだ際は、楽しみがひとつ、増える。

言い寄られた女は、酷く迷惑そうな顔を隠すこともしない。

「悪いけど、急いでいるの。そこ、どいてもらえない?」

女の声色には、恐怖も怒りも乗ってはいなかった。まるで、男たちをただのナンパとして認識しておらず、危険なんてない、とでも言わんばかりの態度だ。

だが、男たちにとって女の機嫌も自分たちへの評価も関係がないことなのだ。
男たちにとって、この女で「遊ぶ」ことは既に確定事項。女の都合など、何も問題ではない。

もし抵抗しても、大男の義手で2、3発殴れは誰だって大人しくなる。男は経験上、それを理解していた。

「おいおい、寂しいことを言わないでくれよ。ちょっとでいいからさぁ」
「オレたちに見初められるなんてハッピーなことなんだぜ」

大男はニタニタと笑いながら、脅す意味も込めて義手を女に向けて伸ばした。

細身の男はサイバーアイを起動し、録画モードをオンにする。女で「遊んだ」記録は後で楽しむにも、売って小銭を稼ぐにも良い。

今までも何人かの生意気な商売女や迷い込んだバカを相手にやってきた。例え護身用に銃を持っていても、大男の義手の前で役に立ったことを見たことがない。

だから今回も成功するし、美味しい思いもできる。そう信じて、疑わなかった。

けれど、女の対応は男たちの予想しないものであった。

「この義手、ジャンク品を改良したものね」

女は恐れる様子も見せずに、義手に触れる。そして隅々を眺め、触りながら、等々と語りだした。

「デザインと基幹システムは数世代前のものかしら。共食い整備ね?違うメーカーの、しかも非対応の部品も使っているじゃない。ああ、だから廃材でところどころ補強してるのね」
「お、おい何だよいったい。お前ナード野郎かよ」
「あ?ただの一般市民よ。それよりも何これ、サビが駆動部にも浮いているじゃない。致命的なエラーが出る前に腕の良い技師にメンテナンスしてもらいなさい。後、エンジニアにも、ね」

女は義手をペチリと叩くと、言いたいことを言ってスッキリしたのか、男たちを無視するように、脇を通り抜けて歩き出す。

突然、饒舌になった女の様子に呆気にとられていた男たちは、女の後ろ姿を見て、今まさに獲物が逃げようとしていることに慌てて気が付いた。

「お、おい待て!」
「待たないし、歩けないでしょ。貴方」

女が指を鳴らした。

それが合図であったかのように、大男の機械化手術を受けた頭に、けたたましいまでのエラーメッセージが鳴り響く。

それと同時に、義手の接続が、切れた。

「な、何をしやがった!腕が、腕が動かねぇぞ!」

エラーメッセージは切っても切っても鳴り続ける。義手のシステムそのものに問題が発生したようだ。けれど、原因がわからない。

しかも、神経系統の接続が切れたために動かすこともできない。頼りになる腕が、今はもう重いだけの鉄くずだ。

「お、おい。お前!この腕を持ち上げろ!」
「無茶言わないでくださいよ!こんな重いもの持てるわけがないっすよ」
「いくらしたと思ってんだ!早く技師のとこに運べ!なんで、どうして」

この状況を作った女を逃がすことはしたくない。が、この腕は2人にとっての生命線だ。無ければシノギもままならない。

男たちは、女への追求もそこそこに、重いだけの義手を動かそうと必死にない頭を働かせる。女など、今は相手にする余裕なんてなかった。

「次からはちゃんとセキュリティソフトも入れることね」

女は、届いているかどうかわからない言葉を男たちに投げかけると、微笑を浮かべた。

女の腰元には機械の尾、もとい、汎用型機器接続用端子「USB-tail」が、ゆらゆらと揺れていた。

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