Vではない君と、推してない俺
一時期、ビジネス界を賑わせ、しかし今はAIに持って行かれたバズワード、『メタバース』。
企業の中には、未だにバーチャル空間の活用を検討しているところもあるようだが、一般人の俺にはまだ縁遠い話だ。
むしろ俺たちが一番興味を持っているのは、HMDを被り、好きなアバターになって遊べる「バーチャルSNS」だ。
今日も俺は、数あるバーチャルSNSの中でも、普段よく使っている『VRChat』にログインすると、とある人物に会うためにワールドを移動していた。
移動先のワールドアイコンだけが浮かぶ青い空間を数十秒ほど漂い、ワールドデータを読み込む。その待機時間の後に視界に広がってくるのは、夕焼けに染まったビーチと、幼児にも見える女性。
どうやらアイツも、俺が到着したことに気がついたようだ。こちらに向かって手をふっている。
紫色の髪の毛に同じ色のケモミミ、赤いリボンのあしらわれたクラシカルなメイド服に、可愛らしい肉球の付いた手袋。
二次元の世界から飛び出してきたような見た目は、実にこのバーチャルな世界らしい出で立ちだ。
「やーやーこんばんわ~」
「よー。おひさ~」
近所で知り合いにでも会ったかのような軽い挨拶は、ココも現実も変わりない。
違うことがあるとすれば、あっちも俺の姿を興味深そうに眺めている点だろう。
まぁ、無理はない。個人的にこのアバターもこの衣装も最高のモノだと思っている。今俺が使っているアバターは可愛らしいお姉さん系美少女だが、それに和服というのは最高に映えるだろうから仕方ない。
もちろん、美少女から野郎の声が出てくることに違和感を覚える奴もいるだろう。が、俺もコイツもそういう状態に慣れてしまっている。ま、コイツはリアルの性別も女なので、普通に女性の声がするんだけどな。
「ん~いいじゃんこの服装。横乳とかすごいエッチ」
「露出減らしているのになんでそこに喰いつくんだよお前は」
セクハラをする側とされる側が逆のような気もするが、俺たちにとってはこれがいつもの光景だし、これがいつものやりとりだ。
ただ、少しだけ違うことがあるとするならば、俺の目の前にいるコイツが、Vtuberをやっていること、くらいだろう。
Vではない君と、推してない俺
「でも、こうしてのんびりお話するのは久しぶりですな~」
「最後に会ったのは、何年前だっけ?」
「いつだっけ~。流行り病前の……あれだ、居酒屋に行ったとき!」
「あー、お前が20歳になったばかりの頃か」
友人がVtuberの中の人になったことを知ったのは、つい最近のことだ。
コイツとは元々、別ゲーを通じてつながり、定期的にオフ会をするような仲だった。けど、お互いにそのゲームから足を洗ってしまい、また少し前に流行った流行病のせいでオフ会も気軽に開催できなくなった結果、疎遠になっていたのだ。
まぁ、お互いに社会人だし、遊びに誘う時以外はこまめに連絡を取る間柄でもないので、そこまで気にしてはいなかったんだけどね。
そんな折、コイツのアカウントから、見慣れない画像がツイートされた。
そこで初めて、コイツがVtuberになろうとしていることを知ったのだ。
鍵垢でのツイートのため、あくまでも身内に向けた連絡だ。俺もフォロワーも応援のメッセは流したが、その件で盛り上がることはなかった。
続問題は、続けて流れてきた様々な写真。その中の一枚に、俺が今遊んでいる、VRChatで撮ったであろうものが混じっていた。
なんか、ま~た近いところで遊んでいるな、俺たち。
当時、俺はQuestからVRChatを始めたばかりだった。
PCほどワールドの数は多くはないが、それでも新鮮な体験に、毎日が楽しかった。
そんな中での知り合いの宣伝。今考えると、もっと積極的に絡んだ方が良かったのかもしれない。
Vtuberとはいえ、同じゲームでまた一緒に遊べることになるのだ。声をかけて、時間があれば一緒に遊ぶこともできただろう。
だが、俺は声をかけなかった。
これが他のゲームなら声くらいはかけただろうが、このVRChatは少しだけ、事情が違う。
日本人ユーザーの数は、ソシャゲやオンラインゲームと同じくらいか少ない程度である。が、コミュニティの数と遊ぶ方の幅が尋常じゃないほどに広い。しかも、PCVRとQuestVRでは入れる世界そのものが違うのだ。
所属するコミュニティが違うだけで、使用する機材が違うだけで、体験する世界はまるで違う。そんな中で昔の知り合いというだけで絡むのは、お互いにとって幸せな結果にはならない、かもしれない。
それにあっちは、Vtuber活動の一環でVRChatに入っているのだ。そもそも遊ぶ時間があるのかもわからないし、配信の邪魔をするのも悪い。
ま、色々と言い訳をしたが、要は会うために色々と気を使ったり考えることがめんどうになっただけだ。ぶっちゃけ連絡手段がないわけでもないし、無理に繋がりに行く必要もない。
機会があればまた遊ぶことがあるだろうし、今さら連絡してもなぁ。
そんな感じで放置を決め込んだのが、1か月前のことだ。
「それにしてもびっくりだよ。まさか君から声をかけてくれるなんて」
「あ~、しておかないといけない状況だったしなぁ」
そう、状況だ。全て状況が悪い。
Questユーザーも参加できる大型イベント。そのアンバサダーのひとりが、コイツだったのだ。
避けようと思えば避けられた。避けられるのだが、別にお互いに嫌いあっているわけではない。むしろ趣味は合う。俺が異性相手だから無駄に気を使っているという以外で、絡まない理由は特にない。
……俺が女の子やっていることを、俺のリアルを知っている奴にバレるというそれなりに高い心理的ハードルはあったが、まぁその程度は安いもんだな、うん。
「君も相変わらずのアバター使っているね。和服好き?」
「最高にな。お前さんのほうも……いや、お前はそもそも設定的にいろいろ変わるか」
「ふっふっふ、今は蠱惑的な吸血鬼さんだからね~」
「……下ネタぶっぱする系サキュバスではなく」
「サキュバスではないねぇ。そういう話は大好きだけど」
ま、結局はこうして連絡とって一緒にダべっているあたり、早いか遅いかの違いでしかなかったんだろうなぁ。
運命なんて大それたものじゃなく、奇跡なんてキラキラしたものでもない。
ただ、昔結んだ縁が思いの外、頑丈だっただけ。
それに、縁が再び結ばれたからと言って、こいつと話せる時間はそう多くない。それはコイツの活動とも関係する。
「そういや、VTuberでも色々と活躍しているようだな。そっちはどうなん?」
「え、そこ聞いちゃう~?実はね~、また色々とグッズを販売しましてね」
「そういえば大々的に宣伝していたな。おめっとさん」
「ありがと〜。お陰で生活費がかっつかつだけどね!」
「だからといって残金を公開するなよなんだよあれは子供の貯金か」
「えへっ♡」
コイツは企業やグループに属さない個人Vtuberであり、特に何かしらのコネがあるわけでもない。それでもファンがいて、少なくない人数から求められているVtuberである。
しかも、自身の配信の中で『VRChat』を使っていることや公言していることもあり、ココに来れば会える可能性があるというのは、公然の事実となっている。
そんな状況で、自由な時間だからと好き勝手に交流していては、すぐにファンが集まってきてしまうことは目に見えている。
だからこそ、コイツは何時も自分のステータスをオレンジにして、自分が今どのワールドにいるのかを分からないようにしている。おかげで駄弁りにいくだけでも少し面倒だ。ま、しょうがないと思うけどな。
それよりもVtuberが下ネタ全開でいいのか、という疑問はあるが、まぁ、有名どころでも下ネタばかりの人がいるからいい、のか?
「というか君キミぃ。意外と私の配信みてくれてるね~。どうした?眷属か?」
「ぜ~ったいになるか。ライブに張り付く暇があったら別作業しとるわ」
眷属、彼女にとってのリスナーの総称。それになればまた彼女に近づけるのだろう。
だがそれは、なんか違う。
コイツのことは応援している。成功してほしいとも、思う。
時間があればこうして喋りたいし、都合が合えばまたオフ会をしても良いだろう。
だけど俺とコイツは、配信者とリスナーの関係ではない、と思う。
コイツが下ネタを言えばツッコミ、ポカすれば文句を言いながら手を貸す。
遊びたくなったら声をかけるし、企画をすればいつの間にかそこにいる。
時間が合うときに会って、ダべって、たまに遊ぶ。
そんな、関係。昔と変わらない距離感。
ここが一番、おれたちにとって丁度いい距離。
だからおれは、彼女を推しにすることは、ないんだろう。
「あ~また会って遊びたいなぁ。オール飲み会とかしない?」
「お前はもうちょっと異性であることの危機感もって接しろ」
「あ~このやりとり懐かしいなぁ!」
訂正、もうちょい近づいてどついた方が良いかもしれない。ケラケラと笑うコイツを見ながら、そんなことを思った。
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