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華はなくても果実は実る クリスマス編

「「ウィーウィッシュアメリクリマスウィーウィッシュアメリクリッスマス」」

赤い服を着た美少女がふたり、向かい合って殴り合う光景を見ながら、オレは隣りにいる友人に問いかけた。

「なぁ、アレは何をしているんだ」

隣りに座るのは、和服に身を包んだウサギ耳の幼女、のガワを被った両声類系男子。
彼女はオレから目を反らしながら、

「クリスマス、かな」

そう言葉を濁した。

すっげぇ苦し紛れで言っていることは、その表情で分かった。

多分、コイツもこの状況についていけてないのだろう。

「クリスマスってこんな暴力的なイベントじゃねぇだろう」
「ほら、クリスマスになるとTwitterで流れてくるじゃない?サンタがクリスマスソング歌いながら殴ってくる漫画」
「……あれを、イベントにしたのか、ここの主催者」
「ヤバいよね!この後ボクらがあれをやるんだぜ?」
「……」
「待って黙って帰ろうとしないでよブラザー。ボクをこの空間でひとりっきりにさせないでくれ」

俺がメニュー画面を開いたことを察知したのか、コイツは腕にすがりついて止めようとする。

面白そうなゲームイベントなのは否定しない。しないが、なんでよりにもよってクリスマスの日にこんなトンチキなイベントを開催したんだ。そして、どうして俺を巻き込んだ上で参加したんだよお前は。ここでクリスマスを変なテンションで過ごすくらいなら、カップルひしめくワールドで独りさみしくイルミネーションを見ていた方がまだましだ。

……いやどっちも嫌だな。素直にログアウトした方が有意義そうだ。

「そもそも、なんでわざわざ、あえてこのイベントに参加するんだよ。普通のクリスマスイベントだってあったじゃねぇか」
「フレンドがこれの主催者なんだよぅ!それに、ここまでぶっ飛んでるだなんて予想できるわけないだろ!?」

今にも泣きそうな表情で叫ぶあたり、本当に知らなかったんだろうな。

確かに、イベントカレンダーでは「クリスマスらしい装いで、身体を動かしながらクリスマスを盛り上げよう」としか書かれていなかった。この文言からこの内容にたどり着くのは難しいだろう。

チラリと腕にまとわりついているコイツを見る。

一応、個人的には疑問符がつくが、コイツはVRCでもそれなりに名前のしれた奴で、人気者だ。

だが、人気なのは本人ではなく、コイツの演じているキャラだ。中身じゃない。

だからこそ、俺みたいに中身を知っていて仲良くしてくれる奴の側にいたいのだろう。オフのときは、特に。

しょうがねぇ、こいつと友人になった以上、こうしたイベントへの参加も受け入れるしかないか。

俺は抵抗を諦めてため息をついた。メニューを閉じれば、こいつはあからさまにホッとしたような顔をしている。本当に心細かったのだろう。

「断れば良かったのに。お前ならほかのフレンドもイベントを開催しているだろうが」「それは否定しないけど、あからさまにクリスマスをロマンチックに、的なイベントだと、ね」
「あ~~、お砂糖の申し出が増えるのか」
「そう!だからブラザーにはぜひとも、弾除けになっていると思って気軽に、ボクとお砂糖になって欲しいんだけどなぁ」
「やだよ。そこですぐ別れてみろ。俺がお前のファンからひどい目に合わせられるわ」「じゃあ……ずっと一緒に、なる?」
「いや、そもそもつっくかない」
「けちっ!」

いつものようにお砂糖を迫ってくるコイツの攻撃をいなしながら、周囲に目を配る。

クリスマスイベントということもあって、参加者の多くがサンタ服に身を包み、お互いの改変について褒めあっていた。

改変ができるというのは、凄いことだ。俺にはできないことだからこそ、出来る奴のことは本当に尊敬している。

もちろん、イベント会場には改変ができない人向けにトナカイアバターが設置されているので、改変ができなくても問題はない。

だけど、それはそれ。自分に無いものをうらやましく思ってしまうのは、しょうがないことだろう。

そういえば隣のこいつは……

「なぁ、どうして今回はサンタ服を着てこなかったんだ?」

急な話題転換に対して、こいつは一度キョトンとした顔をしてから、にんまりと笑った。

「珍しいね。ブラザーがボクの衣装を気にかけるなんて」
「いろんな改変したアバターを見せられてるしな。特に季節ものなんて、必ず押さえてるだろう、お前」
「ちぇ。ようやくボクの魅力に気づいたと思ったのに」

コイツはVRC界の人気者だ。だが、その人気を維持するための努力を怠らない。アバターの改変もそのための努力のひとつだ。だからこそ、季節やイベントに関するもののほか、多種多様な衣装を持っている。

もちろん、本人が納得のいくものが出来上がればフレンドに見せに言っているし、俺も何度もファッションショーに付き合わされた。

だが、今回はそういったことに付き合わされた記憶がない。

「んー。衣装は準備したんだよ、だけど……」「だけど?」
「いや、非対応衣装からの改変だったから、納得のいくものができなくてね。お蔵入りにしたんだ」
「お前、その辺すっげぇこだわるよな」
「もちろん。みんなに可愛いって言われたい以上、クオリティは下げるつもりはないよ」

こういうところは、素直に尊敬している。その努力の矛先は「可愛い」という、俺にはあまり理解できない領域の話ではあるが、それに対する真摯な姿勢については、素直に凄いと思っている。

そして、こうして納得できない改変を人知れず破棄していることも、わかっている。

だが、こいつの努力が誰にも見られずに消えていくのは、なんというか、目覚めが悪い。しゃーない。

「んじゃ、明日にでも見せてくれよ。その衣装」
「え~、でもうまくいってないから、可愛くないよ?」
「可愛い言ってる奴には見せられないけど、俺には見せられるだろ?俺はお前のこと、可愛いなんて言ったことないし」
「確かにそうだけど、それはそれで腹立つな」
「それに、俺はお前の友人だからな。そのくらいの役得があっても良いだろう」

うざ絡みをしたり、くっついて来てうっとおしいことこの上ない時もあるが、こいつは友達だ。友達ならまぁ、このくらいのおせっかいをしたところで、罰はあたらないだろう。

恥ずかしくて目をそらす。そんな俺に対してあいつは、勢いよく肩を叩いた!とても、うれしそうな声色と一緒に、だ。

「ん~もうブラザーはしょうがないなぁ!じゃあ、明日は二人っきりのクリスマスだね」「うんまぁ遅くなる前に帰るけどな。ケーキ喰いたいし」
「ちょっと!?ボクとケーキどっちが大事なのさ!」
「え、ケーキだけど?」
「ボクの可愛さが食い気に負けるの!そんなこと言うなら、本気で魅了してケーキのこと忘れさせて……」
「明日の予定、やっぱり無しでいいか?」「わー!!嘘嘘一緒にいようぜブラザー!」

こんな感じでギャーギャー騒いでいると、主催者に名前を呼ばれた。とうとう俺たちの番らしい。

やる気満々のコイツとはいったん離れ、自分の姿をトナカイのアバターに変える。
さて、変なノリに付き合うかと気持ちを切り替えて後ろを振り返れば……

「おい、なんかそっち10人くらいいないか?」
「エキシビションマッチらしいよ?」
「拷問ショーじゃねぇか!」
「乙女の純情を弄んだ罪さ!行け!サンタたち」
「「「ウィー!ウィッシュア!メリクリッスマス!ウィー!ウィッシュア!メリッ!クリッ!スマス」」」
「ちょ、やめ、止めろ――!」
「フハハー!無様だなブラザー!」

こうして今年のクリスマスは、なんだかいつもよりもバカ騒ぎ強めで過ぎていったのだった。

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