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《小説》赤と青の交差の先に1-3

「驚いたなぁ。まさか同じ最寄り駅とは思わなかったよ」
ワハハと笑う康介の顔を見て、はは〜と愛想笑いになる私。
話す度に緊張しそうな私は早くこの場から逃げ出したかった。
「すみません。もうここで大丈夫ですので」
そう告げ、足早に帰ろうとするが腕を掴まれ引き止められる。
「……よく見ると綺麗な顔立ちしてるんだな」
「なんですかいきなり」
「褒めてるんだけど? そこは素直に受け取ろうよ」
そう言われ渋々お礼を言う。
「なんなら本当に付き合っちゃう? 君さえ良ければだけど」
「…………、ごめんなさい。私、いま誰とも付き合うつもりはないんです」
「えー、そうなの? 美人なのにもったいない」
「そういうほぼ初対面で口説いてくる男の人ってろくな人いた試しがないので」
そう。大体顔だけで判断してくる残念な男ばかり。中身を知ると途端に冷める。そんな人ばかり見てきた。きっとこの人もそうだろう。
「ふーん。偏見じゃないそれ?」
「そう思うならそれで構いません」
「それよりもさ、もっと笑って話そうよ。さっきからこう、眉間にシワがぎゅーっと寄ってるよ。そんなふうに人と話してたら、友達減ると思うなぁ……」
康介にそう言われ、顔に力が入っていたことに気付かされる。でも、恐怖心と緊張を押し込めて話すことに精一杯だった。
「あなたには関係なくないですか? 私の周りの事情なんて私が決めることです。放っておいてください」
「放っておくことも確かにできるけどな。でもさっきみたいに何かあってからじゃ遅いぞ。味方は多い方がいい」
まぁ、なんかあったらいつでも言えよとそんな台詞を残して康介は去っていった。

家に着き、緊張の糸がプツリと切れたのか玄関を閉めた途端に力が抜けヘナヘナとその場にしゃがみこむ。
「怖かった……、けど優しかったなぁ」
ポロリポロリと涙が溢れ、止まらなくなる。
ナンパ野郎が来た時は、悟と話してると勘違いしそうになるほどだった。康介が救ってくれた時は本当に王子様がきたのかと思うくらい格好よかった。
気付けばドラマの時間になっていたが、今の私にはそんな事どうでもよかった。ドラマは録画を明日ゆっくり見ればいい。
もっと康介と関わりたい。でも自分の過去を知られるのは怖い。男の人は心の中を土足で踏み込むのが早いから。
せめて部署が同じなら、とまで思い込んでしまったがいやいや! と頭をブンブンと振り思考を消そうとする。あんな酔っ払いのノリで付き合う? なんて言ってくる男のことで頭を悩ませてどうする蒼井麗華。今は恋愛に現を抜かしている場合ではないのだ。もっと実績を出して、念願の営業課への異動を勝ち取らなければ。
……とはいえ、来週から存在は気にしてしまいそうだなぁ。
そんな事を考えながらメイク落としのシートでササッとお化粧を落とし部屋着に着替えてベッドへダイブ。疲れがどっと押し寄せあっという間に夢の世界へ旅立ってしまった。


翌週、会社へいつも通り出社。まずメールをチェックしていると事務課長から1通のメールが来ていた。
件名は内示について。
急いでメールを開く私。
内容は来月から営業課へ異動だということ。引き継ぎは来月から時短勤務をする本橋さんと行うこと。そう書かれていた。
本橋さん、確か来月からパート勤務になるっていってたけど引き継ぐ人がいないって噂の人だったなと思いだす。
念願の営業課への異動。ビックニュースである。
とりあえず、事務課長の鈴原さんへのお礼をすることが先決だ。メールで返信もだが、直接会ってお礼することが何よりの礼儀になる。今日は午後は受付業務があるため、午前中のうちに挨拶を済ませてしまおうと課長室へ足を運ぶことにした。

「失礼します。蒼井です」
「どうぞー」
ノックをして部屋へ入る。
「蒼井さんね。待ってましたよ」
「課長、この度は異動の内示ありがとうございます。営業課への異動、お受け致します」
「そういってくれて嬉しいわ。実は前から事務課と掛け合ってたんだけど、向こうも入れる余裕とか育てる余裕が無い!って断られちゃってて。でも今回、本橋さんの件が浮上したでしょ? チャンス!って思ったのよ。うちの課は新人が何人か入ってくれたから人手が潤ってるし、蒼井さんは元々営業課の志望だったから。私の勝手なわがままで事務課に縛り付けてごめんなさいね」
鈴原課長は、ふわりとした雰囲気を持つ女性課長。自分の意見を押し通すようなタイプの人では決してなく、相手の意見や気持ちを聞いてくれる人だ。どことなく育ちの良さを感じさせるオーラを身にまとっている。
「本橋さんは営業課でも仕事をテキパキこなすタイプだからお客様も多いらしいけど、あなたのその明るさと真面目さがあれば大丈夫と信じているわ」
「そんな風に思ってもらえていたなんて光栄です。ありがとうございます」
「引き継ぎは再来週からで大丈夫だそうよ。あなたの仕事は倉本さんと橋爪さんに引き継いでもらうからそのつもりで準備よろしくね」
「承知しました」
失礼しました。そういって課長室をあとにした。
私の後任はなっちゃんと倉ちんかーと思いながら、自分の席へ戻る。倉ちん、倉本辰樹は私の同期だ。倉ちんなら安心して仕事を任させられる頼れる奴である。
とりあえず、引き継ぎがスムーズに行くように仕事をまとめないと!と意気込んで仕事に取りかかるのだった。

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