迷い歌くねくね

歌の下手な人、というのは、ほぼほぼ自分の歌を聞いてないって事が多いんだと思う。

これはカラオケに限らず、我流でバンドやってる人ほぼほぼに言えることなんだけど。きちんとした音程がまず取れてない。つまり、ドレミファソラシドの音が正確に歌えてないってのが、最大のポイントなんだよね。

バンド演奏の中で周りの楽器の音を聞いてても、自分がひたすら部屋で練習した歌を歌ってる人って多いんだよ。

で、その人の耳で聞いたものが何なのか知らないんだけど、それが異様に狂ってるとか、本人がほぼほぼ、まず理解できてないケースが多い。

概ね、それは、歌詞を間違わずに歌えたとか、言葉の語呂がうまく歌えたとか、早口言葉を言いこなせた、みたいなそんな点ばかりを気にしていて、肝心要の音程コントロールがヘロヘロとかっていうようなケースが多い。

なのに、本人は、それで自分は歌を歌える人なんだと、大幅な勘違いをしてしまってる。

いやさ・・・演奏に対して、狂ってるポイントが10%未満位だったら、それは多分、演奏に興が乗って、気持ちが高ぶったとか、そういうのってあるよね、とか言うのも分かるんだけど。 演奏に対して、ほぼほぼ9割音外してるとかなって、それが気持ち悪い歌だったら救いようが無いよ、と

それも何か「歌詞の言葉の内容を説明で伝えた」みたいな感じで、相手に気持ちが届けばいい、とか勘違いしてるんだとしたら、それは詩集でも朗読していた方がいいんじゃないかと思う。私、色んな人のポエトリーリーディングとか聞いたけどさ、ポエトリーリーディングだって上手い人と下手な人いる訳で。

何よりですね・・・「迷い歌」歌ってるのを、外から見てバレる程度の事しかできないんだったら、人前になんか立たない方がいいよ、って事は言いたいのよ。別に歌詞カード見てるのが悪いなんて言いません。歌詞カード見ても、全然歌えてないじゃんってレベルの無様はするなってだけなんですよ。

横に歌詞カード置いてる人って、殆ど歌なんかしっかり歌えるんだけど、あやふやになった時に自分を取り戻すおまじないみたいに置いてるだけで、それにしがみついて歌ってる訳じゃないんですよ。目線で歌詞を追いかけながら、そこに気持ち込めて歌うとか、素人が出来るはずがないんだよね。

だったら、何喋ってるか分からなくても、哀しみの声や怒りの声を喚いてる人の方が、よほど直接的な感情としての怒りや悲しみは伝わってくるし、歌詞など無くても、そのことは胸に迫る程の迫真になってくる。そこに言葉など要らないし、歌を練習した事のない素人もそれ位はできるはずなのね。

まあ、普段から、そうした怒るだの笑うの泣くだのを全然やった事がない人が、ステージの上でそんな真似ごとしても、元からできないんだから、極めて胡散臭いものになるのは当然、って別な問題はあるんだけどさ。

そればっか見てても、正直、飽きるのは確かだよ。全バンド同じような心のオタケビ大会

で、迷い歌歌ってるってのは。

その言葉の歌詞を「上辺で読み上げてる」とか、音程を取る練習とかそういうことを怠ったり、歌をこういう風にこう聞かせるんだ、って自分自身が決めるとこまで詰めなかった、ボーカルとしての事前準備の段階で不手際な部分が、その曲にあるという事なんです。

そんな自信なさげに歌う位だったら、ステージに出て来るなってだけですよ。君は君の歌を歌ったら僕は何にも文句ないんですよ。それこそ、どんな歌を歌ってくれても拍手喝采を送りたいんだ。けど、ステージに出てきてまで、そんなオドオドと無様な姿をしてる君を見たくないってだけなんです。

それは、歌の音程感にも表れる。

毎回毎回、ビシッと同じようにワザとそこの音が狂ってるなら、あ、こいつはここを狙いとして狂わせてるって分かるんだけどね。敢えてこう聞かせようとしてるんだな、って。毎回ライブ行く度、同じ歌が同じ歌になってないレベルの音程は、それ、いくらなんでもヤバい。

即興として言い逃れるレベルの段階を超えてると思うよ。ましてや、楽器としてのバンド演奏から、致命的なまでに乖離してて。それを「ワザとやってます」って分からせるための狙いも施してないものを、これが僕の歌ですっていうのも、それっていかがなものなんでしょうか、と思うんだけどね。

ワザとハズシを入れる狙いでやってるってのなら、そのハズシ方カッコいいね、って言う位まで狙ってやってくれよ、って言いたいの。それどころか「何をやりたいんだかあやふやなままの未完成の歌」を、人前で演奏するそのセンスが気にかかる。

残酷な話するけど、それで一度でもお客さんの前で無様を働いた場合、その人って二度と君の演奏聞きに来ないよ。

抜群に良くなったって評判になって、それほど良くなったのなら聞きに行こうかって位、有名にでもなんない限り、一度、喪ったお客さんは戻ってこないものだと思った方が、まず間違いないと思うよ。

こいつらダメだ、と一度でも思わせたら、それが評判になっていく、って位、お客さんは厳しいって思っといた方がいいんじゃないかぁ、と思う。それくらいの覚悟で臨んでも、好きとか嫌いとか、好みに合わない部分も出て来るし、ステージングのハードルってえらく高いよ。

それを一言で、わが友が「ジャイアンリサイタル」って言ったのを分かってなかったんじゃない。あの人、古今東西の歌だの演奏を、某大手レコードで死ぬくらい聞きまくって、ウンザリするくらい聞いてたから、その人が「こいつは!」と思わせるくらいのものでもないと、まず世間で評判取るにも厳しいどころか、聞いてさえももらえない。

もちろん、俺が俺の歌を歌う、という志を死ぬほど理解した人で、そうした「インディ魂の塊」みたいなものを、先陣切って日本に紹介して来た人が、あの言葉を放った意味って相当に重いよ。

演奏したい気持ちも志も分かったけど、まず、音源に残った伝説のヘタウマバンドの最低限レベルの演奏にも達してなくて、下手過ぎて聞くに堪えないのに売れるどころか聞いてもらうのはまず無理だ、って、身も蓋も無い位のドストレートに言われた方が良かったんだろうか。

あの人、パステルズとか、そういう少年の真っすぐな志のある歌の、多少の下手さなんかでも、素直に拍手喝采を送るほどの心意気のある人だったんだからね。

彼は、さぞかし複雑な気分で、自分がばらまいた音を聞いてしまったがために、それを相当に悪い方に勘違いした人の出現と、その人達が、更に最悪の方に事態を動かそうとしていることに落とし前を付けようとしているように見えた。

自分があの時紹介したサウンドが、よもやそんな捉え方をされていってるとは思ってなかったのだろう。それを必死に彼は回収しようとしてた。いや、そういう風にしか思えなかった。さぞかし無念の思いだっただろう。


それって「人に聞いてもらって、少なくとも価値観の違いとして同じまな板に上げるレベルの演奏に至っていない。」っていう意味合いで放たれてたのだってことを。 そこを価値観の違いという言葉で誤魔化さないでくれって話も世の中には多々ある訳で。

私だけしか意味が分かってないのが、正直、キッツイなぁ、と思って、あの言葉を聞いてたんだ。

私と、我が友は、音痴で調子はずれでも、そこに心意気があると思った音楽にケチをつけるような不調法はしないですよ。その私ら2人揃ってダメ出ししたら・・・ねぇ。

人に聞いてもらう事を意識してないと言いながら、わざわざ人前に出てきて、何を意図してそれを人前で演奏しようというのか。

僕には全く意味不明に思える事もある。

だったら、スタジオで僕ら楽しく演奏してます、で止まって方がいいんじゃないのか
・・・僕らが楽しければいいだけなのだとしたら。何でそれを人前に出てきて、演奏しようと思ったのかについて。

過去30年、まともな回答を返した人は、ただの一人もいなかった。

それだったら、まだ。

「俺はお前らが嫌いだから、これから30分間お前たちの嫌いな音を垂れ流し続ける。ハッハッハッ!

覚悟はいいか!今日、この日、俺と君が出会えたのは幸運であり不幸の始まりだ。せいぜい楽しんで行ってくれたまへ。

ライブハウスのスタッフ諸君!出入り口の一切をとじてくれたまへ!そうだ、鉄の錠を降ろして、誰一人楽屋にも入り口からも非常口からも出られないようにしてくれたまへ。

ああ、この至福。君と僕、こんなに近くて遠いけど、今宵30分、濃厚な睦み合いのような時間を過ごそうじゃないか!

さあ、遠慮はいらん。では、まずこの音から行ってみようか!」

と言いながら、自分は、キッチリ耳栓した上で、暴徒と化した客に襲われないように電流金網張り巡らした向こうから、狭いライブハウスにマーシャル10台運び込んで、ありったけのギター轟音鳴らして「ハーッハッハーッ!!俺はお前たちの、その、苦悶の表情を見るのが大好きなんだ、アヒャーッヒャッヒャー!」とか楽しそうにしてる人の方が、まだ、心情的にはよく分かるw 寧ろ、深い深い共感を禁じ得ないレベルだ。

すいません、高校時代に素で、そういう事考えた人だったので(汗

ほら、私って何か変なこと考えだすと、とことんまで考えるのは、今までの文章読んでて、分かるじゃないですか。何を今更。

当然、ほれ、元ネタもありまして。かつてのルパン三世で、五右衛門が捕まって拷問された時に、こうヘッドフォンされて、ギターで耳をギャーンってアレw

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