今の日本で起こっている事

ある幾つかの物事における共通点を抽出して、それを抽象化してみるっていう事がアートの本質だったとして。

今の日本に起こっていることを、別に曲も作らず、歌も歌わず、絵も描かず、表現してみると、こうにしかならない。

ラットキング現象

これ、ラットキング現象という。どうしてこういうことが起こるのかは定かではないけど。何かのはずみで、ネズミとネズミの尻尾がおかしな拗れ方をしてしまう。

例えば、ネズミ同士が寄り集まってる時に、何かビックリする事があって、そこで動こうとした時に尻尾が絡まる。

で、そのネズミたちは、それぞれが何も考えずに、その状態から逃れようと、自分が前に進もうとする。

ところが、尻尾が絡まってるから、前に進もうとしても思うように進めない。別なネズミも、自分の前の方向へ行こうとするけど、他のネズミと尻尾が絡まってるから、結局、どのネズミも前へ進めないままになる。

多くの場合、そのネズミたちはどうにもならなくて、そこでにっちもさっちもいかなくなって飢えて死ぬ。殆どが死体で見つかるんだよね。彼らは自分たちが前に進んで逃げようとしても、絡まった尻尾をほどく術がない。

その中のネズミが、しっぽが絡まった事に気づいて、上手く解くことが出来るならいいけど。

或いはネズミが人間並みに頭が良くて

「皆で協力して尻尾ほどこうぜ!」というコンセンサスを取って 「全員一回落ち着け!尻尾絡まった!解くから止まれ!」 って声を掛け合って、お互いに自分の尻尾が ”結ぼれ” からほどけるまで待てばよいんだろうけど。

哀しいかな、ネズミにそんな知恵も無く。パニック状態になってるネズミは止まれない。

で、20年前、アートを志して、私の所に連れてこられた女の子が、そのラットキング状態にあるネズミを写真に撮ったものを、何かのアートの展示で見たらしいんだけど。

私「それ見てどう思った?」
女の子「ネズミが可哀そうと思った。」

まあ、普通の反応だねぇ。女の子らしいけど。

彼女は、そこに何のメッセージがあったのか、読み取れるほどの事は出来なかったんだな、と思ったのよね。

20年前から、そうやって。

現代の日本の問題について、アートの現場ではメッセージを放っていたはずなんだけど。 日本人のラットキング現象について。

さて、このしがらみはほどけるのか。全員が一斉に止まる事はできる?

ただ、皆して、闇雲に、自分だけで自分たちの前へ行こうとすることが、結局、自分の首を絞めている、って事に、いつになったら、日本人は気づけるのか、という事なんだよな。

ここで日本が滅んだとしたら、現代の日本人はネズミ並の知性しか持たなかったってだけのことなのだと思う。

太平洋戦争の時は、ネズミの王様の一声で止まる事ができた。
けれど、今の日本の中には、ネズミの王様はいない。

では、どうやったら、その暴走は止まるのだろうかね。

5匹が止まろうとしても、残り1匹が絶対言う事を聞かなくて、俺だけ前に進む、っていうのを続けていれば、この現象は解消しないんだもの。

まさか、全てのネズミがしっぽちょん切る訳にはいくまい。それが一番平等な解決法かもしんないけど。

これまで儲けた俺の名声や利権(尻尾)、一つとて喪ってたまるもんか!(尻尾切って痛い想いしたくない)って奴が一人でもいる限り、1億数千万のネズミたちの尻尾は、ずっと絡まったまま、そこで飢えて死ぬだけなんだろうね。

ヨーロッパとか、特にドイツってのは、このラットキングが見つかると 疫病や飢饉の前触れ、って言われてるんだって。

さて、30年間、ラットキング現象だった日本は、本当に止まれるんだろうかね。誰が止まれと号令をかけても止まれない、自分の事しか見えないネズミたち。 どうやったら止まれるか。

そのしがらみをほどくのに、時間がかかるんだけど。

一方では、明日にも飢えて死ぬネズミがいる。

そのネズミはまた狂ったように暴れるのか。それとも死を覚悟して大人しくなるのか。

ネズミたちは相変わらず、パニックの中で、自分だけ前へ進もうともがいてる。

自分は、音楽をやっているけど、流石にこれを曲にするのもねぇ・・・何かと思って。

えー?このラットキングの写真でも、ジャケットに使って、それを曲に書いて、歌詞にそれとなくそんなメッセージ書くの?

ちょっと、それって、ベタベタすぎて、あからさまで、クソダセェと思ったから、やりたくなくて、20年間、ほったらかしにしてきたネタなんだけどさ。

しかし、ホントにそんなことやる奴いたら、俺、ぶっちゃけ「クソダセェ」と一言言っちゃいそうな気がするんだよ。 そういう所は20年前から、相変わらずなんだけどさ。

ま、全員が生き残るためには、明日にも死にそうってネズミたちに、多少の出費を覚悟して、放出して時間稼ぎした上で、こじれてる問題を少しずつほどくしかないんだけど。

今の日本人ってセッカチを極めて、自分の思い通りにならないと、すぐ暴れるとかすねる人が多すぎて。で、そういう目先の事しか見えない連中の意見をホイホイと受け入れすぎるから。

自分が、今すぐその状態から解放される事ばかり考えて暴れるもんだから、いつまで経っても、先へ進めないまま、解放もされない。

残念ながら、そこまで賢い人間がいない。 パニックになってるネズミを落ち着かせるには、まず、全員に食い物が行き渡って、落ち着きを取り戻してからでなきゃ解決できんのだろうけど。

そのうち、ネズミの中で悪い事を考える奴が出てきて、こいつがいなくなれば、俺は思い通りの方向に進める、とか考えだすのが、ネズミより救いがたい人間の悪知恵って奴になる。

けど。本当に、誰か、そのネズミが死んだのを見て。
余計に他のネズミはパニックを起こすだろうし。

そうなった時に、その悪い事を考えたネズミが思うように、事は上手く進まないのかもしれないね。ますます混乱に拍車をかけただけで。自分の制御のできない所に陥った時。

他のネズミたちが死に絶えた後、結局、死に絶えたネズミたちの尻尾は、自分の尻尾に絡まったまま、最後にそのネズミは、何を思うのだろうか。

棄民政策なんて、やめといたほうがいいんじゃない。
ラットキング現象が起こってる時に、そのやり方は下の下でしかないよ。

それで集中と選択やろうとして、余計に混乱に拍車がかかってるんじゃないの。

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