見出し画像

紙一重の苦痛

※即興小説トレーニングで書いたお話です。
お題:苦しみの火 制限時間:1時間 文字数:1420字
掲載元:http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=593204

 赤く燃え盛る火は、私自身を焦がすことはない。それでも、近づく者全てを焼き尽くす分には到底十分過ぎるほどであった。

 いつからこんなことになってしまったのだろう。
「不吉だ」
「忌まわしい」
「恐ろしい」
「醜くて、悪い存在だ」
 そんなことを、人間たちから言われるようになった。気がつけば、寄り添ってくれる味方などは周囲にいなかった。目に映る者たちみんな、こちらへ敵意をむき出しにしてくるのだった。
 そして程なくして、武器を持った者たちが『狩り』と称して攻撃を仕掛けてくるようになった。時代が移り変わるにつれて、彼らが手にする武器の威力と精度は向上していった。そんな彼らから私は必死に逃げたが、いくら距離を置こうとしても彼らはしぶとく追いかけてきた。その度に戦闘を引き起こすことになった。
 私は、何もしていない。人間を襲う意志もないし、ましてや殺そうなどとは思ってもいない。
 そんなことを繰り返し訴えても、向こうは聞く耳を持ってくれなかった。何度やっても同じこと。その内私は、諦めてしまった。
 そう、全てを諦めたのだ。こちらからいくら発信しても、向こうが受け止めてくれる気がないのなら、もう諦めるしかない。そんな心境へとたどり着いたのだ。人間はもはや、信頼するに値しないのだと。
 それからは地獄の日々が始まった。攻撃を仕掛けてくる相手は、片っ端から焼き尽くすことにした。目と目があった瞬間、相手の体は面白いように発火していく。音を立てて、衣服が、肉が、骨が、真っ赤な炎で焼かれていく様を何度も目の当たりにしていく内に、私は自然と笑い声を上げるようになっていた。自らが作り上げた惨劇の数々を、実に上出来だ、と自画自賛するかのように。他者のみを焼き尽くす炎なので、私は地獄のような光景を見ながらも涼しい顔をするばかりだった。
「なんて非道な奴なんだ」
「生かしておく必要などない」
「早く捕まえて殺してしまえ」
「あの懸賞首を捕まえられるやつは誰かいないのか」
 噂に広まるのは速かった。そして、私の知らないところで私自身に懸賞金がかけられていたのもあって、追っ手は増える一方だった。それでも私は来る日も来る日も追っ手たちを燃やし続けた。それがもはや日々の仕事というか、ルーティンのようなものになってしまっていた。

 もうどれくらいの月日が経ったのだろう。
 その日、執拗に私のことを追いかけてきた相手を焼き尽くした後にふと、気がついたのだ。焼かれた相手の体は形や輪郭こそ崩れてはいるものの、完全な灰にはなりきっていなかった、ということに。
 その事実を知った私は両脚を小刻みに振るわせて、間もなくして地面にぺたりと尻餅をついてしまった。
 私の心の片隅にも、恐怖はまだ多少なりとも残っていたのだとそこで知った。相手を焼き尽くす能力が、自分の知らないところで着実に弱まってきているという事実に、私はどうしようもなく恐怖を覚えた。これが、衰えるということなのだろうか。がたがたと全身を震わせながら、私は自身の体をゆっくりと炎で包み込んだ。
 自らを傷つけない炎に熱さや痛みは感じずとも、私は苦しくて苦しくてしょうがなかった。私はこの先どうすればいいのだろう。段々と弱まり、衰えていくこの能力を前に私が出来ることはほとんど何も無いのではないだろうか。無力感と恐怖とが交互に押し寄せては、震える私を容赦なく追い詰めていくのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?