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僕が体育祭から学んだ想像力

皆さんこんにちは。
中学最後の異例の体育祭が前日行われ、様々な学びがあったので是非共有したいと思い書きます。また、僕は中学3年連続学級委員なので、その体験をまじえながら伝えたいと思います。


最悪な状況が生み出した思考

今年の体育祭はコロナの影響で競技が激減し、親参加不可、午前中で終了、練習では常にソーシャルディスタンスとマスク。そんな時に修学旅行中止の連絡。生徒達の雰囲気は最悪でした。

そんな最悪な状況の中、体育祭練習1時間目。

僕はまず、自分のクラスが「どのようなクラスか?」、「どのような状況なのか」を判断する為に特に何も学級委員として指示を出さずに練習に挑みました。

結果

最悪でした。他のクラスが練習スタートしている中、自分のクラスは練習すら始まっていませんでした。やりたい、やらなきゃと思っている人はいましたが、実際に指示を出せる人、クラスをまとめられる人がいませんでした。
クラスとしてまとまりが無い。(正直カオスな状態)
長縄の練習が始まったが全クラスで最下位。(1時間目時点)
授業の終わりに体育の先生に怒られる。(雰囲気最悪)

こんな状態でした。そしてこんなクラスでした。そして、こんなクラスの僕は学級委員でした。中学校生活最後の体育祭、最悪な終わり方したくない。そして、そんなクラスであと半年も過ごしたくない。何より、今年は学級委員長でもあったので、なんとしてでもクラスのみんなに良い思いをしてもらい卒業して欲しいと思っていた。

だからこそ僕は考え動いた。

僕が大切にした思考

僕は雰囲気作りの大切さを知っていた

僕は部活や学外活動、インターネットのコミュニティなどでチームの雰囲気、コミュニティの雰囲気作りの大切さを知っていた。特に部活動では先生や先輩、同じ同学年の仲間に恵まれたからそこ学べたことだった。チームや団体で一つの目標に向かって走る際はチームの雰囲気が命である。

そして、僕は言葉選び、口調、態度、表情などを意識した。
言葉選びはなるべく丁寧な言葉を使い、指示を出す時もあまりうるさく言わなかった。口調はなるべく優しく、明るくを意識した。態度はなるべく堂々とすることを意識した。表情はなるべく笑顔。

クラスの雰囲気はあまりやる気のあるムードではなかった。(最悪)
理由はおそらく楽しくないからである。だからこそ、様々なことを意識した。


クラスで競技の決め事をする際も先生に変わって僕がやらせてもらった。なぜなら先生にやってもらうとなるとみんな椅子に座り、先生の指示通り。どうしても受け身になってしまうので、それだと生徒が体育祭を楽しめないと思ったからだ。結果的に1時間という貴重な時間で僕はクラスの雰囲気を変え始めることができた。

学年で1番スムーズにかつ、みんなが納得して決め事を終えることができた。みんなが笑顔で楽しそうだった。また、その流れで余った時間を生徒の自由な時間にした。そしたら、長縄の作戦会議がしたいとみんなが言い始めた。少しずつクラス全体が体育祭をやりたい、楽しいと思い始めた雰囲気ができ始めた。

その後クラスの生徒達自身で、クラスの目標を立てた。クラスのまとまりが少しずつ強くなってきた。


対立が起こることは予測していた

目標が明確になり、クラス全体が走り出したばっかりの時は、対立が起きやすい。これは、僕が中学3年間学級委員を努めたからこそ分かることである。考えや価値観はクラス40人全員が勿論同じわけではない。だからこそクラス間のコミュニケーションを大切にした。僕が間に入ったり、中心で多くのコミュニケーションをとることを意識し、それぞれの考えや価値観を共有したり少しでも互いを理解しようとする雰囲気を作ることを意識した。

いよいよクラス全体の中で主体性を少しずつ持ち始める人たちが増え始めました。今何をしなくてなならないのかを考え、行動に移し始めようとする人達。

そのタイミングで僕は学校へ行かなかった

そのタイミングで僕は敢えて2日間学校を休んだ。
理由はその主体性を持ち始める人、持ち始めた人の活発化。その人たちが活発化するとクラスとしてもかなり団結力が向上する。
いつもクラスをまとめてくれていた人が急に居なくなった。そのことによりいつもより主体性を持ち始めていた人達が僕の変わりをしようとより考え、動くと思った。

結果的にクラスの団結力は更に向上した。
クラスの中で役割分担や特徴や個性を再認識したみたいだった。クラスとしてのまとまりが少し僕が居ないと弱いと言っていたが、僕がいなかったことによりクラス一人一人の思いが見えやすくなった為、心が一つになり出した。クラス全体に一体感が生まれ始めた。

クラスに一人物凄い運動が苦手な子がいたが、その子も楽しくみんなでフォローしあいながら頑張っていた。練習が始まったばかりはそんなことできる雰囲気・クラスではなかった。


そして迎えた体育祭当日。

体育祭の結果

見事僕たちのクラスは優勝することができたのだ。長縄も1位!

あまり誰かと比べることは好きではありませんが、勝因はクラスの雰囲気だと思います。どのクラス、学年よりも1番楽しそうに真剣に挑んでいたと思います。他のクラスの子達から4組の雰囲気が羨ましいとも言われるほどでした。


体育祭後のクラスの様子

体育祭後、クラスの一人一人感想を書いて先生に提出しました。
その後、その全員分の感想を先生がまとめて配ってくださいました。

その、感想を一部紹介したいと思います。

今年は慣れない異例の体育祭で初めての競技、少人数でのチームジャンプ(大縄)など、今までとは大きく異なることが沢山あった。楽しみだった「全員リレー」や「綱引き」はできず、残念だった。しかし、その中で、クラスのために可能なことを探し、行動し、勝ち負けはともかく、良い思い出、今年度の貴重な思い出を作ることに全力を注いだ。今後も、今回のように積極的に動いて、更にクラスで良い思い出を作れるようにしたい。
クラスが1つなることで優勝できるんだと思た。最初はクラスがバラバラだったけれど1つに慣れたことにとても嬉しかった。クラスの絆が深まったような気がした。体育の授業や昼休み、いろいろなことがあったけれど頑張ってきてよかったと思った。みんなの努力が報われて本当に良かった。そしてみんなで協力して楽しめて良い思い出が作れて本当に良かった。諦めずに頑張ることを受験に生かしたい。
私は初め諦めモードでした。クラスのやる気はない、学年で一番(長縄)跳べない、暗いなど最悪な状況で、四方八方塞がりでした。そんな中青木くんをはじめ、頑張ってくれました。それがあってこその今の4組があると言っても過言ではありません。そして最後には優秀の美を飾れて良かったです。

僕はこのような感想が沢山あってとてもやりがいを感じました。

コロナの影響で心的状況やコロナ感染などとても不安なところはありましたが、クラスのみんながこうして無事笑顔で終えることができとても嬉しいかったです。

いつも思うこと

僕は本当に恵まれていると思う。こうして無事クラスみんな笑顔で体育祭を終えることができたり、先生がいたり、友達がいたり、何も言わなくても給食が出てくる。パソコンやインターネット、家族がいる。そしてこうして、毎日楽しくいろんなことを学んでる。

けど、最近その学びは僕だから得ることができたのかもしれないと思い始めた。勿論僕以上の学びを得ることができる人もいるかもしれない。けど僕が得た学びは僕だけしか学べない。ようは同じ環境でもその人の芯の強さや気持ち次第でどんな環境でも最高の学びに変えることができるのかもしれないと思った。今回の体育祭も同じだと思う。僕と同じ立場にいたとしても僕と同じ学びを得られる人は僕だけ。だからこそ、恵まれた環境をより生かせるようにもっと自分の芯や志を高くして、更なる成長につなげたいと思ってる。

僕はまだたくさんの人に支えられっぱなしだ。
だからこそ、僕も早くたくさんの人の支えになりたいと思っている。


これからも随時noteを執筆していく予定なのでフォローしてもらえるととても励みになります。

最後まで読んで下さりありがとうございました!
それでは良い一日になりますように。

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