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2年越しの理想形~2024.5.29『小峠篤司vs秋山準』~


はじめに

秋山準「俺の大切な仲間が…だからと言ってやり返しにいこうとかそういうことじゃない。こうやってプロレスラーは意識失っても試合するんだよ。そして大きなケガにつながって、今みんなそうだろ! 大きなケガが続いてダメだろ! ちゃんとプロレスやろうぜ」


2022.6.12、『サイバーファイトフェスティバル2022』で組まれた『樋口和貞&遠藤哲哉&秋山準vs稲村愛輝&小峠篤司&中嶋勝彦』によるDDTvsNOAHの対抗戦。


戦前に注目を集めたカードにもかかわらず、開始から間もなくして遠藤が中嶋の張り手一発でレフェリーストップ負けという、あまりにも衝撃的な結末で試合は幕を閉じた。


今振り返ってみても相当の賛否を生んだ一戦だったと思う。

私はこの試合そのものの評価を付ける事は出来ないし、それは難しいと感じていたけれど、唯一素晴らしいと思ったシーンがある。

この対抗戦で、NOAH代表として組まれた小峠篤司が秋山準の顔面を張る場面があったのだが、その後、試合権利を中嶋勝彦と交替した際に中嶋が小峠を笑顔で出迎えたのだ。


その後、遠藤哲哉はKO-D無差別級王座を返上。空位となった最高峰王座を射止めたのは、秋山準や遠藤と共に対抗戦のカードにいた樋口和貞だった。


中嶋と遠藤の間に生まれてしまったアクシデントと禍根。

DDTは『KING OF DDT』や『樋口和貞vs遠藤哲哉』のKO-D無差別級王座戦を通じて、この一件から団体が再起する姿を見せたことで、ファンと選手の団結力を一層深めていったように思う。
その一方で、DDTがこの出来事をキッカケにして、NOAHにリベンジを挑むような空気は皆無だった。誤解を恐れず言うならば、「この一件を出来る限り早く払底して、前進したい」という気持ちすら伝わってきた。

対するNOAHも、この一件を拡げてストーリーにすることはなく、中嶋は既に夏開幕の『N-1 VICTORY 2022』での3連覇をかけて切り替えていた頃だった。


双方が一件の核心に触れることもないまま、遂に2年が経った。

あの一件が全てだったとは私も思わないけれど、サイバーファイトグループが集結する『サイバーファイトフェスティバル』は今現在に至るまで開催されていないし、両団体の交流も2023年まで限定的なものに留まっていた。


その潮目が変わる兆しが見えたのは、2024年に入ってからの事だ。

潮崎豪、モハメド・ヨネ、齋藤彰俊、Hi69、小峠篤司は1.2有明アリーナ大会にて新ユニット『TEAM NOAH』を結成。

その流れでNOAHには『TEAM NOAH』による新ブランド『LIMIT BREAK』も始動。『LIMIT BREAK』では、『サイバーファイトフェス2022』で因縁が生まれた遠藤哲哉や樋口和貞、秋山準も参戦するなど、(NOAH本興行では無いものの、)NOAHとDDTが交わるキッカケが生まれた。


その『LIMIT BREAK』の初回大会である、2024.2.15後楽園ホールで"限界突破"を果たしたのが小峠篤司であった。

メインイベントで組まれた『潮崎豪&小峠篤司vs永田裕志&秋山準』のタッグマッチ。

名だたるヘビー級の猛者が集うこの試合で、唯一ジュニアヘビー級だった小峠が、周囲の印象も評価も見事に掻っ攫っていった。
中でも、例の対抗戦でもマッチアップした秋山準を相手に、一歩も退かないどころか、堂々とやり合う小峠。


試合は30分フルタイムドローという結果も、試合が終わった直後に観客席から小峠コールが自然発生する光景こそ、この日の小峠に対する評価を色濃く反映していた気がする。


この一戦から3ヶ月半後の2024.5.29新宿フェイス大会において、遂に両者のシングルマッチが決まった。

試合順は全6試合中の4試合目という位置だが、「『サイバーファイトフェスティバル2022』で止まっていた事象が一つ動き出すのではないか」という期待を胸にして、私は興行ひしめく5.29の都内で新宿の地を選んだのである。


『小峠篤司vs秋山準』

『サイバーファイトフェスティバル2022』の対抗戦から、もうすぐ2年。

このタイミングで実現した秋山と小峠のシングルは、重厚なロックアップからスタートした。


序盤はロープ際に追い詰めても、秋山に対して仕掛けることなくクリーンファイトの姿勢を貫いた小峠。
「(秋山の顔面を)張れ!」という声にも、小峠の姿勢はブレなかった。


しかし、秋山のヘッドロックが小峠に極まってからは、試合の雰囲気が一変する。


再びロープ際で秋山がブレイクした瞬間、秋山の顔面を躊躇なく張っていく小峠。
そこから秋山を場外へ引きずりおろすと、北側のステージ席まで及ぶ大乱闘を展開していった。


小峠「おい、どうした秋山!おい!」

秋山を煽る小峠は、今年2月の後楽園ホールでメインに上がった時に似たような、殺気立つ雰囲気を纏っていた。


それでも、今度は秋山が場外乱闘で小峠を制圧していく。

場外戦では椅子攻撃を何発も小峠に見舞い、ブーイングを浴びる秋山。
秋山が場外から鬼のような姿を見せる機会は何度となくあったけれど、椅子まで持ち込む容赦のなさは初めて見たかもしれない。


観客「反則しないと勝てないのか!」

秋山「おお、そうだよ!」

観客の怒りにも堂々たる態度で言い返した秋山に、迷いや躊躇は一切感じられない。


そんな鬼のような秋山に対して、敢然と立ち向かう小峠の姿に観客席も小峠コールで後押ししていく。



個人的に印象に残っているシーンがある。

小峠にフロントネックロックが極まった場面で、近くにいたDDTファンから熱い声援が飛んだのである。

「秋山さん落としちゃえよ!落とせ!落とせ!」


私はこの観客の声援を耳にして、非常に驚いた。

声援の内容だとかではない。観客への怒りでも全くない。

他団体と対抗戦というよりは協調路線を取り、ファンも含めて全体的に柔軟で温厚な印象を受けるDDTで、DDTファンの1人がバチバチの対抗戦モードの声援を発していた熱量に対してである。

近くにいた私も「小峠!」とカウンター気味に声を出したのだけど、この空間にどこかゾクゾクした気持ちを抑えられない私がいた。


その後も生膝でのニーアタックやエクスプロイダーの猛攻を、カウント2で耐え続けた小峠。


しかし、最後はリストクラッチ式エクスプロイダーが決まって勝負あり。


試合後、立ち上がれずにいる小峠を秋山が起こすと、四方に向かって小峠と並び立つ。

マイクアピールはなくとも、対抗意識を剥き出しにしていた両者の間に、感情の変化が生まれている事は十分伝わってきたのだ。



まとめ

秋山準「小峠、お前何年だ? そろそろ20年か? もっと1つのところだけじゃなくて、いろんなところ…俺のいるDDTでもいいし。ちょっと来いや。足りないものもまだ今の俺だったら教えれるだろうから。来い。お前がやる気があればな」


因縁のシングルマッチを終えた直後、秋山のバックステージコメントがキッカケとなり、小峠が秋山と組んでDDTプロレスリングに参戦する事が発表された。


この"電撃合体"は正直予想できなかった流れだ。
何より、NOAHマットで生まれた繋がりがDDTマットに持ち込まれることは、2年前には想像すら出来なかった。

時間が問題を解決してくれることは往々にしてあるけれど、この件の解決に寄与したのは時間だけではないと私は考えている。

NOAHでありながらも、本興行と異なる流れで動く『LIMIT BREAK』というブランドが、因縁の関係性にワンクッションを挟む存在として機能していたからではないか、と。


『LIMIT BREAK』では、NOAHの本興行では絡みの無いDDT、道頓堀プロレス、REAL ZERO1といった他団体との対抗や共闘が目立ち、NOAHの通常興行とは明らかに異なる雰囲気とブランドイメージが形成されつつある。

個人的に、『LIMIT BREAK』はコロナ禍前のNOAHの雰囲気に近い印象が感じられて、『TEAM NOAH』の頭領・潮崎豪と関係性の深い、三沢光晴や小橋健太といった先人の系譜も感じさせる。
それは、三沢光晴というカラーリングから清宮海斗や拳王といった現世代に軸が移り変わり、子供や女性の歓声も増えつつあるNOAH本興行の雰囲気と異なる。
(私はどちらも好きです。)


そんな中で実現した、今回の『小峠篤司vs秋山準』。

小峠自身は「完敗中の完敗」と言っていたけれど、会場中の声援は小峠に傾いていたし、私自身も実際に声を出していて熱くなれた試合だった。


何より、『サイバーファイトフェスティバル2022』で生まれた禍根に関わった者同士が、こうしてシングルで当たる機会が訪れた事こそ、非常に意義深いものだと私は感じている。

ある意味、無かった事にしたい・思い出したくなかったかもしれない事・忘れてしまいたい事が、時を経て再び動き出したのだから。


何より、試合の雰囲気も、観客の熱気も素晴らしかった。

『サイバーファイトフェスティバル』で提示したものの周囲の反応が芳しいものとは言えなかった対抗戦の要素が、「今のNOAHには闘いが無い(by潮崎豪)」という理由で発足した『TEAM NOAH』による新ブランド『LIMIT BREAK』で実現する事になるなんて、年始のユニット発足当時には考えられなかった光景だろう。


2022年は、まだ会場内での声出しが本格解禁されていなかった時期だし、今の雰囲気と比較するのは野暮な話なのかもしれない。

それでも、喧嘩的な要素とスポーツライクな要素が混ざり合って、対抗戦への抵抗感や拒否反応が比較的少ない今だからこそ、NOAHとDDTの交流は実現できている気がする。

本来、『サイバーファイトフェスティバル』で実現させたかったのは、こんな空気感の相互交流だったのかもしれない。


私は『小峠vs秋山』を見て、そのような感想を抱いた。
素晴らしかったです!

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