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【いつか来る春のために】⓯ 三人の家族編 ⑭ 黒田 勇吾

 後でわかりましたが、優衣のバッグの中にはおそらく私へのプレゼントのCDと母へのプレゼントのブレスレットが入っていました。あの日の夜、地震が来なかったらサプライズで私たちに贈ろうと思ってたんでしょうね。
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 堪え切れなくなったのか、加奈子が嗚咽を押さえながら立ち上がって隣の部屋に行ってしまった。静かにその姿を追いながら話し終えた鈴ちゃんは、
「みっちゃん、お水一杯くれないかな」と美知恵に頼んだ。美知恵は目に当てていたハンカチをポケットに入れて立ち上がり、コップ一杯の水をそっと鈴ちゃんの前に置いた。鈴ちゃんはそれをゆっくりと飲み干してから美知恵に言った。
「僕にとって救いだったのは、妻も優衣も優しい死に顔だったことかな。何と言ったらいいのかな、この世でやるべきことをすべて終えた方のように満足そうな笑顔をたたえて横たわっていたというか、静かな表情だった。もちろん今振り返ってみるとということなんだけど・・。あれから半年くらいは、後悔の念だけしかなくて自分を責め続けたけど、よく考えてみると優衣も妻も幸せに生きたんじゃないかって思えてきて、そして安らかな死に顔を思い出すごとに僕たち家族は幸せな人生を生きてきたんだよなぁ、と思えるようになったんです」そう言って鈴ちゃんは笑顔で美知恵を見た。
 美知恵は鈴ちゃんの話を聞いてまだ涙が止まらなかった。しかしその言葉を聞いてゆっくりと涙を拭いてちょっと考えながら応えた。
「鈴ちゃん、そう思えるってことはいいことだよねぇ。奥さんも娘さんも幸せな人生だったと感じれるってことは、鈴ちゃんも幸せな家族生活を送れたってことだもの」美知恵はゆっくりと言葉を選んだ。
「みっちゃん、そうなんだ。何より僕は幸せだったと思えるようになった。二人と素敵な人生を歩めたなぁって。あれから一年が経とうとするけどようやくそう感じれるようになった」鈴ちゃんは思い出を振り返るような顔をして微笑んでいた。そこに加奈子が戻ってきて、ひざをついて座り、ごめんなさい、と鈴ちゃんに頭を下げた。
「加奈子さん、なんも。僕こそ泣かせるような話をしちゃって悪かったね」鈴ちゃんは笑って加奈子の肩をポンとたたいた。
「加奈子さんもみっちゃんも同じような悲しみを背負ってきたからなぁ。まあ次にご招待いただく時には、もっと別の面白い話をするから。こちらこそごめんなさい」
「いえ、鈴さんがそんな経験をしてたなんて知らなかったので、ついこらえきれなくなって。いつも赤いバンダナ巻いて、さっそうと歩いている姿しか知らないから、なんかあらためて偉いなぁと思いました。いろいろ頑張ってきたんだなぁって思って悲しくなっちゃいました」加奈子はもう一度鈴ちゃんに頭を下げた。
「あぁ、これかぁ」鈴ちゃんはバンダナを外すと両手で持って見つめた。そして静かにほどき始めた。

           ~~⓰へつづく~~

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