放送大学大学院博士後期課程:1期生の立場から(16)時間管理の方法など
社会人が大学院博士課程で学ぶことは、短からぬ人生の旅路に組み込まれた数年間なので、我々の人生そのものが再現不可能であるように、私の大学院体験が、いわゆるノウハウとして万人の役に立つことはないでしょう。
そもそも、目的が明確であれば、何事であれ、適切な手段は自ずと見えてくるものです。東京から大阪に行く際に、航空機、新幹線、在来線、高速バスなどの手段があり、その時々の用事によって方法を使い分けるように。
外国語を身につけるに際しても、世の中にはそれぞれに素晴らしい方法が公開されていて、そのどれもが正しいと私は思います。最も大事なのは、方法ではなく、自分のものにするというコミットメントです。学位を取得するための方法もまた、多種多様にあり、それらのどれもが正しいと私は思います。
とはいえ、振り返ってみると、実用的なスキルとして、私が多忙な高等学校で責任ある立場にありながら、3年間で学位取得ができたことには、それまでに身につけた実務的な技能があったからこそという気はします。そしてそれらは、これから働きながら大学院に入学しようと考えている方の参考になるかもしれません。そこで、若干のヒントを書くことにしようと思います。
最も大切なのは、時間管理に関する技術です。時間を管理するということは、人生を管理するということにほかなりません。たしかに、最終的には人生を管理することはできません。計画通りに人生が運ぶことはむしろ稀で、運命的なもの、さだめのようなものが人間にはある。生まれる時代も場所も、われわれは選ぶことはできない。いくら頑張っても報われないことは人生に山ほどあります。それでも、与えられた環境のなかでの人間的努力は、最大限に行うべきだと私は思います。そして、時間管理とは、換言すると、行動の管理ということなのです。
私は、20代の終わりから、A5判6穴のシステム手帖を使って時間管理をしています。大きな文房具店に行くと、さまざまなシステム手帖が販売されています。高価なものから廉価なものまでいろいろです。私は、ブランドものではなく、再生革を用いた廉価なものを使っています。リファイルは、愛用していた会社の製品が廃番になったこともあり、現在では「Dandori Tatsujin」というおそらく国内では最も価格が安いリファイルを使っています。
システム手帖は、どんなに高価なものを購入しても、使い方を知らなければ、小判を手にした猫、真珠を与えられた豚です。費用はかかりますが、ビジネスのセミナーに参加して使い方を身につける必要があります。私は、Werner Erhard and Associates(WE&A)というアメリカ合衆国の教育企業(現在はありません)が提供する「More Time」というワークショップを受講しました。30年も昔の話ですが、当時の値段で6万円ほどでした。(A5判3穴のシステム手帖代が含まれています。)WE&Aの各種セミナーは、2回目からは半額になるので、その後も何回か、受講しました。
こうしたセミナーはそれなりに高額ですが、長い目で見ると、投資に数倍する価値があったと、その後の30年をふりかえって思います。なお、WE&Aと、Erhard Seminars Training (est)のファウンダー Werner Erhard に関心をそそられた方は、 リサーチマップに登録してある私の論文と、そこに網羅的に掲載した関係書籍(ほぼ全て英語文献ですが)を参照してください。いろいろな意味でワーナーのセミナーを危険視する声が、海外にも日本国内にもあることは、敢えて申し添えておきます。私自身の見解は、上記の論文で明らかにしております。
大学院で学んでいることは、勤務先の管理職(校長、副校長、教頭)には報告しました。異動があれば、新たに着任した人にも。しかし、同僚には、信頼している数人以外には話しませんでした。(他言無用としたわけではないので、知っている人はほかにもいたと思います。)内地留学で現場を離れて大学院に通うのではなく、自己研修で学んでいるのですから、敢えて話す必要はないと考えたからです。私は学年主任として責任ある立場にありました。どの組織でも同じと思いますが、さまざまな考え方の人がいるので、大学院に在籍していることが、周囲との摩擦の種にならないとも限らないからです。
あるときから、地域図書館のそばに居住するように生活のスタイルを改めたことは、以前にも記しました。誰から教えられたことでもありませんが、長い目で見たときに、正しい決断だったと今でも思います。現在では、インターネットで利用図書を予約することができます。横浜市の場合は1回に6冊、2週間借りられます。自宅で予約して、週末に取りに行き、次の週に返却するというサイクルでした。横浜市立図書館で貸し出し中の場合は、勤務先の最寄り駅前にある川崎市立図書館の分館を利用しました。川崎市立図書館の蔵書数は、横浜市に比べればかなり少ないのですが、1回に借りられる冊数は無制限です。
横浜市立図書館のリファレンスサービスの優秀な司書に助けられたことがあります。神奈川県立図書館は、残念ながら、質量ともに横浜市立図書館よりも各種サービスが劣ります。司書の能力が劣るのではなく、単に財政的な問題だと思います。
洋書は、Amazonか、紀伊國屋BookWebで、新刊か古書を購入してしまうことが多かったです。日本語の書籍とは比べものにならないほど、下線を引いたり、書き込みをしたりするからです。フランツ・ファノン関係、海外の遠藤周作関係は、すべてそうしました。日本で出版された書物は地域図書館で読むので、和書の購入にそれまで充てていた費用を、洋書にすべて回すことができたというわけです。
論文は、慶應義塾大学図書館、それから、一般市民も登録すれば利用できる和光大学図書館が、自宅と勤務先の間にあったので利用しました。立川の国文学研究資料館も利用しました。国立国会図書館は、それほど使いませんでした。インターネットを使った論文検索などについては、さまざまな情報がインターネット上に溢れているので割愛します。
研究は、当然、コツコツと毎日やりますが、仕事から帰るとぐったりしてしまうので、資料に目を通すくらいしかできません。休日に集中して執筆しました。休みの日は、朝から晩までパーソナルコンピュータの前に貼り付いています。疲れたら、自宅の近くにある田んぼのあたりを散歩しました。身体を椅子に縛り付けて勉強したという社会人大学院生の女性の記事を読んだことがありますが、人それぞれに工夫していることがわかります。
私はパソコンに向かうと原稿を書き出し、原稿を書き出すと集中するので、椅子に自分を縛る必要はありませんでしたが、腰掛ける椅子には、多少こだわりました。学生時代にある先生のご自宅を訪問したとき、当時専任講師でいらしたその先生が、書斎では社長が腰掛けるような革張りのチェアーで仕事をしていることに驚いたことがありした。それを思い出したわけではないのですが、私が使っている椅子は、大きめです。高級なものはいくらでもありますが、私のは安いものです。疲れたときに、背もたれにもたれかかることができるものがいいです。
プリンター用紙やインクは、切らさないように買い置きしておく必要があります。封筒や、論文を投稿する際の送り状の類いは、自分でフォーマットを作成してフォルダーに入れておくといいです。日本語ワードプロセッサの各種機能については知っておく方がいいですが、インターネットで調べれば、すぐにわかる時代になっています。Twitterでつぶやくと、すぐに教えてくださる方がいます。
気持ちの浮き沈みを上手に保つことも、情緒に行動が左右されがちな方には大切かもしれません。私にとって博士論文を書くことは、世の中のあらゆる仕事がおそらくそうであるように、好き嫌いという感情のレベルで行う行為ではなかったので、気持ちが沈んでいようがいまいが机に向かいました。やる気が出ないといって原稿を書かない人は、永遠に論文を完成させることができないでしょう。
他人には勧められませんが、睡眠時間を削った時期があります。眠る時間を短縮するのは、論文を書き進めるための、いちばん簡単な方法です。実際には、眠りながらも論文のことを考え続けているので、学校で仕事をしている以外の時間はずっと論文のことを考えているわけです。健康を犠牲にしてでも乗り切らなければならない時期が、誰の人生にもあると思いますが、私にとっては博士後期課程がそのような時なのでした。
エナジードリンクの類いは、一切、飲みません。ビタミン剤は、疲労の蓄積を感ずるときに飲むことがありますが、常用はしません。なお、喫煙は20年前にすっぱりやめましたが、アルコールは嗜みます。これは私のきわめて人間的な側面なのだと思います。
(続く)
*写真は、大学院博士後期課程修了と学位記授与式開催の通知です。
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